本当に必要なのは「働きがい改革」

【田中】逆に「いつもありがとう」と言われる仕事は張り合いがある。現在なら、月報まとめはAIに任せていい領域です。

【山下】AIの仕事ですね。まさに「機械にできることは任せる」。その見極めが重要なので、AI導入には「仕事の因数分解」が必要だと私は考えています。

【田中】因数分解、ですか。

【山下】例えば、仕事を「創造的業務」「判断業務」「定型的な作業」の3つに分ける。価値を生むクリエイティブな仕事、状況を捉えた意思決定、そして手順通りのルーティンワーク。AIに任せるのは、3つ目の定型作業。人間は創造と判断、つまり価値が高い仕事に専念できます。

【田中】因数分解を徹底したAI導入なら、むしろエンゲージメントは高まるでしょう。

田中道昭教授
画像=プレジデント公式チャンネルより
日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授

【山下】社長に就任した2017年前後は、働き方改革が叫ばれていました。当時「残業代はどれくらい減りましたか」と質問されたときに、違和感を覚えました。残業代の削減を成果と見るのは会社の都合。つまり「働かせ方改革」です。本当に必要なのは「働きがい改革」じゃないかと。

【田中】エンゲージメントを高めたいなら「働きがい」を優先すべきです。因数分解が有意義な理由です。

【山下】人間が本来やるべき仕事を明確にし、専念できる環境を整える。働きがい向上と業績向上の両立です。

イノベーションとは「その手があったか」

【田中】ただ、そうやって人間に求められる領域が「創造的業務」にシフトすればするほど、一種の「格差」が生まれませんか。「自分はクリエイティブな人間じゃないから、AI時代には用済みになってしまうのではないか」と不安に思う人も多いはずです。

【山下】おっしゃる通り、いきなり「イノベーションを起こせ」と言われたら、誰だって尻込みしてしまいます。実はリコーでも、創業の精神である「三愛精神」に加えて、新しい7つの価値観(バリューズ)を定めた際、「イノベーション」をどう定義するかで議論になりました。そこで私は社員に「あなたにとってイノベーションとは何ですか?」と問いかけたんです。

【田中】社員の皆さんはどう答えましたか。

【山下】いろいろな意見が出ましたが、最終的に我々が腹落ちしたのは、イノベーションとは「発明」ではなく、「その手があったか!」だということでした。

【田中】「その手があったか」。おもしろい定義ですね。

【山下】例えば、お風呂にお湯を溜めるとき、昔はよく溢れさせてしまった。そこに「ブザーが鳴るセンサー」を付けたら溢れなくなった。これはものすごいハイテク発明ではないけれど、聞いた瞬間に膝を打つような「その手があったか」ですよね。これをイノベーションと呼ぼうと決めたんです。