少年に生まれた自己肯定感
その夢は、父親が殺される夢だったと言う。少年はその夢に対して、こう書いていた。
「父親が殺される場面を見ても、当然のことだと思いました」
新井医師は、少年が父親から虐待を受けていたことを知っていた。
「その気持ちを受け止め、日記を続けていくうちに、だんだん、『父親が何をしようと構わない。自由にやってくれ』と、父親を許すという感情が出てきたんです。そして2カ月後には、『お父さんがいなかったら、自分はこの世に生まれていない。お父さんに感謝しています』と書いてきたんです」
その一方で、こうも書いてきた。
「自分はお父さんが何をしようがかまわない。自由にやってくれていい。自分は父親と関わりなく生きていく」
新井医師は少年に、感謝の気持ちが芽生えたことに驚いた。
「自分が今いるのは父親のおかげだと言えるのは、彼の中に生まれてきて良かった、自分は価値のある人間なのだという、自己肯定感が芽生えたということです。そして一方、父親と自分を切り離すこともできている。感動しましたね。こんなことを言える子だったんだ、と。あんなに内省が深まらなかった子が、自分の力で、ここに到達できたわけですから」
言葉を書くことで得られるもの
日記を通して少年が得たのは、「語る力」だった。これこそ、新井医師が大事にしているものに他ならない。
「言葉が書けるようになると、自分のことを施設の職員に話せるようになりました。話をする中で、彼は職員から可愛がられるようになりました。そのうち職員への感謝の気持ちが生まれて、仕事を手伝うようになる。すると、職員からも彼が感謝されるようになったんです。喋れなかった時は職員から言われたことを極端に受け取って、施設を脱走していたのに」
彼が父親へ感謝の気持ちを持つことができたことについて、日記は気づくきっかけにすぎなかったと新井医師は思う。
「これまで彼が生きてきた環境の中で、施設の職員に大切に扱われたこと、自分を思ってもらえたことなど、今までの“糧”があったからこその、気づきだった。日記は、そのきっかけになったのだと思います」
新井医師は、一気に続けた。
「僕らにも、『問題行動ばかりを起こす価値のない僕を、これまで見捨てないで、ずっと見守ってくださって、感謝しています』と言ってきたんです。親に虐待を受け、粗末に扱われて、ずっと自分は価値のない人間だと思っていた彼が、『自分が恵まれていることに、気づきました』と言えるようになったんです。言葉が書けるようになってから、彼の時間はすごく早送りになった感じです」

