問題があっても「大丈夫です」と言う少年
親から受けた心の傷に、どう治療者として関わるか。それが、「あいち小児」における新井医師の日々だった。こうした臨床現場を経て、2018年に独立した。クリニックに「楓」と名付けたのは、「美しい変化」「大切な思い出」という、楓の花言葉からだと言う。
そんな新井医師が、ある話をしてくれた。クリニックで出会った少年の話である。何らかの家庭の事情で、児童養護施設で暮らす高校生のことだった。その少年には小学生の頃から、新井医師は主治医として関わっていた。
「この子は、言葉は達者なのですが、いつもニコニコと笑顔で、何を聞いても、『大丈夫です』ばっかり。言い換えれば、施設の生活に適応するための言葉だけが、発達したわけです。家庭環境が厳しいことは知っていましたが、それについての話は全然得られなくて、抱えているものがあるだろうに、年齢が上がっても、それが全く出てこない。このままで大丈夫かなーと思っていました」
問題行動を起こした直後に診察をしても、いつも結果は同じだった。
「問題行動があっても、『大丈夫です』とニコニコと笑うだけ。自分の感情を言葉にできないためか、話が深まらず、会話にならないという感じでした。問題の根っこの部分が全然つかめないから、内省を促す方向に持っていけない。『大丈夫です』と言うけれど、大丈夫なわけがないことは、こっちはわかっていました」
医師と少年が続けた交換日記
この少年が施設で、陰で暴力を振るっていた事実が発覚した。被害者に、暴行をきれいに口止めしていることも。その結果、「児童養護施設」を退所することになり、児童相談所の一時保護所へ入所することとなった。
「一時保護所では通学できないので、次の施設に移るまで『じゃあ、密に診察できるね』となって、こう提案しました」
新井医師は少年に、新たな手法を提示した。
「自分で自分の気持ちを喋るのは難しいだろうから、先生と交換日記をやろう。日記にはその日に不安に思ったこととか、思い出したことを夜、寝る前に書いて、それに対しての自分自身のコメントも書いてね」
日記のやりとりを、2週間ごとに続けた。最初は「ごはんを食べて、おいしかったです」など、事実の羅列ばかり。高校生の書く文章とは正直、思えなかった。
「それでも続けていくうちに、ある日、夢の話を書いてきたんです。『夢を見て、怖かった』と、夢を見た自分の感情が書けるようになったんです」

