「缶コーヒーを買いに行くノリ」で海外進出

鮨職人として、これまでにない道を切り拓く。その視線は、海外にも向けられていた。2018年、台湾の台北にある鮨二七とコラボして現地で鮨を握ったのを皮切りに、積極的に海外に出るようになった。きっかけは、ONE OK ROCKの楽曲「Be the light」だ。

「一時期、ONE OK ROCKが好きで、『Be the light』のライブ映像を観たんです。そのなかでボーカルのTakaが、海外に缶コーヒーを買いに行くようなもんだよねって言ってたんですよ。そのセリフがすごく響いて、俺が戦うステージは狭すぎる、もっと広げなきゃダメだなって思ったんです。それまでも海外で鮨を握ったことはあったけど、もっと気軽に、缶コーヒーを買いに行くみたいに海外に出ていこうと決めました」

ミシュラン一つ星の称号は、世界進出の追い風となった。台湾に行った後、ドバイ、上海、バンコク、ジャカルタ、ストックホルムなど世界各地の一流レストランで鮨を振る舞った。もともと、英語は話せなかったが、そんなことは関係ないという。

「英語を話せるようになってから海外に行きますって言ったら、いつになるかわからないでしょう。もちろん、最初の頃は悔しさしかないですよ。その悔しさがあるから、勉強するわけで。とりあえず行ってみて、なにが足りなくて、なにが必要か、自分の肌で感じることが大切なんじゃないですか」

大切なのは「男としてかっこう良いか」

海外では言葉に不自由したものの、自分の技術は世界で通用すると実感できた。それまで鮨をデータ化してきたことが役に立つとわかったのだ。日本なら、自分が望むお米、魚介類、調味料、調理器具もなんでも揃う。しかし、海外は水ひとつとっても条件が違う。日本で培った感覚だけでは、頼りにならない。頭のなかに叩き込んだデータを応用することで、日本と同等のクオリティで鮨を握ることができた。

海外での仕事は、ギャラの桁が違う。その理由も納得できた。例えば、ドバイには木村さんの鮨ディナーに数百万円を支払う富裕層がいる。日本から自分を呼び寄せてギャラを払っても、補って余りある収益があるのだ。

それなら、ドバイで店を開こうと思うかといえば、答えはノー。木村さんのなかで、かつて抱いた「金持ちになりたい」という欲はすでに遥か彼方に追いやられ、今は「男として、かっこう良いかどうか」がすべてに優先する。

「鮨人」店主・木村泉美さん②(仮)
筆者撮影
「うちの若いもんにも、『お鮨の神様は絶対見てるから信じてやれ』と伝えている」と語る木村さん

「海外で大成功するのも、かっこいいかもしれない。でも、パリで店を開いてフランス人の大行列ができるより、僕が好きな日本の町で店を開いて、フランス人で満席にした方がかっこう良くないですか?」

いま、かっこう良さの最上位にあるのは、「世界で戦える鮨職人になること」。そのためには、家族を含めて鮨し人を知るすべての人を仰天させるような決断をするのも厭わない。