自分にはなにが足りなかったのか
「僕、びっくりしたんですよ。富山でキャリア積んできて、この店オープンしたんです。でも、お客さんが来てくれないんですよ」
鳴り物入りでの金沢進出だと思ったら、お店は静かだった。お客さんがいないつけ場に立つのは、いつ以来だろうか。いま、木村さんの負けず嫌いの炎がメラメラと燃えている。
「俺、けっこういけてるんじゃないかなって思ってた自分がいました。それがいま、死ぬ気で貯めてきたお金がどんどんなくなっていくわけです。でも次のステージに行くためには絶対リスクも必要だし、そこで僕はまたひとつ成長できる。今、お鮨の神様に試されているんですよ。諦めるか、諦めないか」
天狗になっていた鼻を見事にへし折られた木村さんは、じっくり考えた。
自分にはなにが足りなかったのか?
人生80歳までと考えたら、だいたい3万日。食事を3度食べたら、9万回。そのうち、大人になって、自分や家族、パートナーの誕生日、記念日に特別な食事をする機会は、恐らく100回あるか、ないか。
9万分の100。その希少な1回を投じてもらう職人にならなくてはならない。そのためには、鮨を売るのではなく、時間を買っていただくこと。それは、「木村の鮨を食べたい」ではなく、「木村に会いたい」と思ってもらうことにつながっていく。
誰よりも幸せを感じたいから、誰よりも苦しいことを
ここで、木村さんは原点に返った。
「広辞苑でレストランを調べてもらうと、元気を取り戻す料理がある場所って書かれているんです。僕は、元気が出て、さらに幸せを感じられる料理を作りたい」
元気と幸せ。その源は、人によって違う。おいしさを追求するより、難解。僕が「それは答えがない、果てしない道のりですね」と感想を漏らすと、鋭い目線を緩めた。
「誰よりも寝ないで、遊ばず、贅沢もしないで、自分の時間をすべてつぎ込んで握ったお鮨を出した時、最高の笑顔で『おいしかったよ』って言われたらどうですか? 誰よりも幸せ感じるのは自分なんですよ。僕は、誰よりも幸せ感じたいから、誰よりも苦しいことをやるんですよ」
取材の日、ランチで立ち食い鮨をつまみ、夜は「離れ」で1万7600円のコースを頼んだ。もちろんどちらも自腹で、それだけに木村さんを指名する余裕がなく情けなく感じていたら、木村さんが一貫だけ握ってくれた。そのマグロのお鮨の味が、いまだに忘れられない。



