ようやく手にした安定だったが…
知る人ぞ知る存在だった鮨し人は、ミシュラン受賞を機に予約が殺到。独学で学んだ異色の鮨職人として、木村さんも脚光を浴びる。
最初の店を開いてから22年、ようやく手に入れた安定を大切にする道もあった。しかし、50歳を超えてもロッカーのようなファッションを貫く鮨職人は、受賞前からすでに真逆のコースを歩んでいた。
ミシュラン発表の2カ月前、鮨し人とスシローのコラボが発表された。これは、スシローが回転寿司の常識を変える“新定番”を創るために名店の料理人とコラボする「匠の一皿プロジェクト」で、2019年に始まった第1章では和洋中の名だたるシェフが参加していた。
しかし、鮨職人はいなかった。回転寿司と鮨は別物だというプライド。考案した鮨が売れなかったら、という不安。自店の顧客から疑問を抱かれるかもしれないという恐れ。オファーを受けたら、恐らく、大半の鮨職人が躊躇するだろう。
木村さんは、どう考えてもリスクの高いこのコラボを受け入れた。2021年3月に公表された第2章の先陣を切る3人の料理人のなかに、このプロジェクトに参加する初めての鮨職人として、木村さんの名前があった。
「鮨職人でよかった」と思えるように
「いくらユニークな鮨を考えても、特許を取れない。そこがもどかしいと思っていたところに、このオファーがありました。だから、打ち合わせの時、どれだけ売れてもインセンティブはいらないから、キャンペーンが終わった後も僕のメニューを使い続けてくれるなら、そのメニューの権利を買い取ってほしいと伝えました。僕が人気メニューを作ればスシローに残り、人気がなければ残らない。それなら僕も本気になれるでしょう」
考案したのは、富山の鱒寿司をイメージした「富山鮨し人流 鱒の介寿司」。これが、売れに売れて、早くも同年9月には第二弾の「新物うに 鮨し人流3種盛り」が公表された。ミシュラン一つ星の獲得後だったこともあり、このメニューも人気になり、最終的に2024年までコラボが続く。スシローは、木村さん考案のメニューを2つ買い取った。そのメニューを使い続ける限り、毎月一定額が鮨し人に振り込まれる仕組みだという。
「料理人は身体を壊したら終わりなんです。でも、このやり方なら働けない状態でも定期収入になる。若者が鮨職人をやっててよかったと思える仕組みを作りたいんです」

