結集か、単なる野合か
これほどのめまぐるしい展開はあまり記憶にない。
立憲民主党と公明党は13日の党首会談からたった2日で新党結成にまでこぎつけた。9日夜に読売新聞の電子版で「高市首相国会冒頭解散を検討」と報じられて、一気に政局が動き出したとはいえ、合わせて170人を超える衆院議員を擁する2党の合流である。
解散報道からでもわずか4日、決まったのは「中道改革連合」という党名と、党首は野田佳彦立憲民主党代表と斉藤鉄夫公明党代表の二人代表とすることの二つだけだった。
基本政策も、現実的な外交・防衛政策や憲法改正論議の深化、持続的経済成長への政策転換等々、抽象的な表現にとどまった。これまで与野党として対立してきた両党だけに、選挙を前に意見の違いが表面化することは避けたかった意図が透けて見える。
政策を調整する時間もない中で、とにかくまとめることを優先した結果だが、「選挙互助会」「政策を脇に置いた野合」という批判は免れないだろう。
「もう文句をいう時間もないよね」
「拙速という批判は甘んじて受けるしかない。しかし、それも高市早苗首相の奇襲攻撃のせいだ。高市内閣の支持率が高く、旧統一教会問題などのスキャンダルが批判される前に選挙でごまかそうとか、野党側の選挙準備が整わないうちに解散・総選挙に持ち込もうという方が、はるかに選挙目当ての党利党略ではないか」
立憲内でリベラル派と目される議員は怒りとも言い訳ともつかない口調でそう言った。
「公明党と選挙協力を深める協議をしていることは聞いていたが、ここに来ていきなり新党と言われ驚いた。原発政策や安保法制については、野田代表と安住淳幹事長が独断で進めているが党内には不満もある。われわれも釘を刺しておきたいことがいくつもあったが、もう文句をいう時間もないよね」
去年の10月から、立憲は中道路線を標榜する公明党と接近をはかってきたが、その立憲の幹部も一気に新党まで話が進むとは予想していなかったと言う。
実は取材を進めると、新党に前のめりだったのは、公明党の支持母体である創価学会の方だったことが分かった。

