今からは考えにくい紀子さまの結婚フィーバー

「やったわよ!」

紀子さんは、秋篠宮との結婚が決まった時、友人の女性にこう電話したという。

そう話してくれたのは友人女性の父親で、テレビ局に勤めていた知人だった。

“ずいぶん積極的な女性だな”というのが当時の私の感想だった。

紀子さまのご成婚の写真
紀子さまのご成婚の写真(写真=Hagoromo~jawikiの親族撮影/CC-BY-SA-3.0-migrated-with-disclaimers/Wikimedia Commons

川嶋紀子さんは1966年9月11日、川嶋辰彦・和代夫妻の長女として生まれた。

父親がペンシルベニア大学大学院に留学したことから、6歳までアメリカ・ペンシルベニア州で暮らした。

その後、父親が学習院大学助教授に就任したため一家で帰国。学習院初等科の時、再び父親がオーストリア・ウィーンにある国際応用システム分析研究所主任研究員に招かれたため、一家で渡墺して、約2年間滞在している。

1979年9月、帰国して学習院女子中等科へ編入。その後、学習院大学文学部心理学科へ入学。大学構内の書店で、1年先輩の礼宮文仁親王(後の秋篠宮)と出会って、交際を始めた。

当時、天皇の孫が自由恋愛で結婚相手を決めるなど驚天動地の出来事だった。

しかし、二人は順調に愛を育んでいった。紀子さんの夢は「結婚するなら白いピアノと黒い馬をプレゼントしてくれる人」だったというが、礼宮はその願いを叶えられる男性に違いなかった。

むしろ積極的だったのは礼宮のほうだったようだ。信号を待っている間に求婚された紀子さんは、即答しなかったといわれている。