※本稿は、江上隆夫『スロウ・ブランディング 記憶から価値をつくる これからのブランドの教科書』(朝日新聞出版)の一部を抜粋、再編集したものです。
衝撃を受けた独自の味
日本のワインのレベルはここ30年ほどで飛躍的に上がってきましたが、その中でもココ・ファーム・ワイナリーが果たした役割は小さくありません。
私がココ・ファーム・ワイナリーのワインを知ったのは17、8年前になります。よほど印象的だったのか、その時のシーンをいまだにはっきりと覚えています。
東京・半蔵門の駅近くにあるカフェレストランで友人のアートディレクターと仕事終わりの軽い食事をしていたのですが、そのワイン好きの友人がお店のワインリストから「農民ロッソ」を勧めてくれたのです。「これ、栃木のワインなんだけど美味しいんだよ」と。「変わった名前だね」と言いながら飲んだワインの味に「えっ!」と驚きました。不意打ちを食らったような感じです。
いわゆるフルボディタイプではありません。もっと軽いタイプの赤ワインなのですが、芯がしっかりした、酸味と微かな苦みのバランスのいい、とても美味しいワインなのです。私はワインよりどちらかというと日本酒好きでワインの味など大して分からない人間ですが、それでも、これが日本のワインであることに軽い衝撃を覚えました。その日、ココ・ファーム・ワイナリーは私の頭にしっかりとインプットされました。以後、レストランや旅先のホテルで見かけると飲むようになりました。どれも実に美味しい。独自の味で味わい深い。そして、外れがないのです。
川田園長(※1)が目指したのは「本当に良いワイン」でした。障害者が携わっているからと同情で買ってもらうワインではなく。そのワインづくりとワインの美味しさは設立十数年も経たないうちに評価されるようになります。政府の晩餐会などでココ・ファーム・ワイナリーのワインが採用されるようになったのです。
(※1 編集部註:川田昇氏のこと、隣接する知的障碍者支援施設「こころみ学園」の園長でありココ・ファーム・ワイナリーのブドウ畑を開いた)
各国首脳陣が舌つづみ
外交において食事やお酒はかなり重要な役割を担っています。ただの評判だけではなく十二分に味や質が吟味され、精査されたものだけが提供されます。優れたワインの味を知っている欧米系の首脳をも満足させ得ると判断されたからこその採用なのです。 主なものを抜粋してみます。
・2008年7月 北海道洞爺湖サミット総理夫人主催夕食会「2006 風のルージュ」
・2016年4月 G7 広島外相会合1日目岸田大臣夫人主催夕食会「2012 北ののぼ」
・2023年5月 G7 気候・エネルギー・環境相会合歓迎会(札幌)「こことあるシリーズ 2021 シャルドネ」
さらに、JALの国際線ファーストクラス、ビジネスクラスの機内用にも数多く採用されています。ファーストクラスでは「こことあるシリーズ 2014 ぴのぐり」に始まり、「こことあるシリーズ 2019 ツヴァイゲルト」まで計12製品が。ビジネスクラスでは「2013 足利呱呱和飲」に始まり「2022 農民ロッソ」まで計10製品が、ここ10年弱の間に乗客に提供されています。
長い間、私はココ・ファーム・ワイナリーのことを完全に誤解していました。実は私は「慈善事業的に障害者の方を雇っているワイナリー」だと思っていたのです。事実はこれまで述べてきたように真逆です。「障害者の方の心身の自律のためにつくられたワイナリー」なのです。池上さん(※2)は言います。
(※2 編集部註:ココ・ファーム・ワイナリー顧問)
それで南側から草を刈っていって、北側に来る頃にはまた南の草が生えてくる。
そのくらいの広さが園生たちには必要なんです。
とにかく(毎日からだを動かして)草を刈ることに意味がある。
園生たちの仕事がなくならないように除草剤は撒きません。

