※本稿は、江上隆夫『スロウ・ブランディング 記憶から価値をつくる これからのブランドの教科書』(朝日新聞出版)の一部を抜粋、再編集したものです。
妻の故郷の古城で開業
「人間の尊厳を守るために生きて働くと固く決意」したブルネロ・クチネリ氏が始めたのが、世界中を席巻するイタリア発のファッションの高級ブランド「ブルネロ クチネリ」です。
彼は、土地測量士の学校を終え、大学こそ工学部に入学しますが、そうした分野には情熱を注ぐことができず、バールに通い続け、いろいろな人との議論をしながらさまざまな人生模様を学んでいました。
婚約者フェデリカさんの父親が布地や小間物を売るお店をやっており、彼女もまた衣料の仕事を始めようとしていたこと。そして、ブルネロ・クチネリ氏自身が24歳のときにペルージャ市にあった世界的スポーツアパレルメーカーのモデルに採用されたこと。これらのことをきっかけに、25歳のときに最高級の市場セグメントに的を絞った女性用カシミアセーターの製造販売事業をわずかな資本金で立ち上げます。
1978年のことです。さらには地元のニット職人の存在。そして、マーケティングの大家であるセオドア・レビットの「先進国は高品質の製品に特化すべきだ」という考えにも後押しされ、簡単には捨てられないカシミアという素材を選んだことに意を強くし、事業に邁進するのです。7年後、彼は結婚した妻の故郷であるソロメオ村の古城を修復し、本社とします。
過剰な利益は求めない
ソロメオは、ペルージャ市から西へ15キロメートル程度、車で30分ほどのところにある丘陵地に広がる村です。成功しつつあった、この新興のラグジュアリーブランドは、本社を都市に移すのではなく、妻の実家がある小さな農村に移すのです。
つまり、この世界的なブランドはイタリア中部の人口わずか16万人のペルージャ市を「都会」だと感じる感性によって、都市とは真逆のはるかな田舎町で大きくなっていったのです。私はここに素晴らしい逆説を感じてしまいます。
当然、ブルネロ クチネリでも資本の論理は働いているわけですから成長を目指さないわけではありません。ただ優先順位が違うのです。このブランドは「倫理的にも経済的にも、人間の尊厳を守るために生きて働く」と決意した経営者によって「過剰な利益を求めず、正当な成長、正当な利益、すべてにおいて穏やかであることを目指しながら」順調に成長していきます。
これは本当に驚くべきことです。売上、利益、シェア。これらを拡大することを最高の善として資本主義は拡大に次ぐ拡大を続けてきました。しかし、ブルネロ クチネリは、そこに穏やかに反旗を翻しているのです。静かな微笑みを浮かべながら。

