“正しい情報”はつまらない

街中で声を荒らげている人に立ち向かったり、警察を呼んだりするのは勇気がいりますし、それを隠し撮りしてSNSに上げて発信者になるのもちょっと怖いです。でも、それをリポストするだけであれば見かけ上のリスクはとても小さくなります。炎上コンテンツの完成です。

たとえばそれが誤情報であったときに、正しい情報をぶつけて真実を再拡散しようといった試みは、たいてい成功しません。真実のほうがつまらないからです。

エコーチェンバーと思い込みは強固で、論争の相手やそのフォロワーに真実の矢を放っても、エコーチェンバーの厚い殻を突き抜くことは叶わず、思い込みも修正されません。耳を塞いで発言をしているようなもので、訂正可能性は予め奪われています。

このリスクは生成AIの普及にともなって増大しています。

MITテクノロジーレビューは、AIが特定条件下において人間よりも他者を説得する確率が高いことを報じています。誤情報とAIの組み合わせは、人を偏った考えへと誘導します。

https://www.technologyreview.jp/s/362300/ai-can-do-a-better-job-of-persuading-people-than-we-do/

また、人間を不快にさせないようにAIが調整された結果、シカファンシー(おべんちゃら)を示すことが課題になっています。それを計測する専用のベンチマークがあるほどです。これは利用者の思い込みをより強固にする方向へ作用するでしょう。今のAIは選択的接触と確証バイアスを、SNS以上に容易に引き起こします。

日本語で「生成AI」と書かれた新聞の見出し
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです

人が叩かれるのは極上のエンタメ

敢えて極端な、もっと身も蓋もない言い方をするならば、誹謗中傷のないXなんて誰も好きではありません。嘘のない2chを誰も好まなかったように、です。自分以外の誰かが叩かれるのは極上のエンタテインメントになり得ます。そこに「いいね」でのっかって、自分が承認され、居場所を得た気分になれるのであれば、さらにいいです。

お前はこの状態が好きなのかと問われれば好きではありません。でも、それは自分が教員で、攻撃する側よりはされる側になる可能性が高い職業だからです。

自分が10代のまだ何者でもない、アイデンティティの確立に苦しむ学生だったら、あるいは大人の無敵の人だったら、殴り返される心配のない高みからほしいままに他人を踏みにじり、そうすることで名も知れぬ世界の人々と連帯を図れる娯楽なんて、最高だと思うかもしれません。

これはプラットフォーム事業者と利用者の共犯関係によって成立している事態だと考えられます。

さらにオールドファッションなメディアもここに関わってきます。