暦本 純一
東京大学大学院 情報学環 教授。研究分野はHuman Augmentation(人間拡張)、ヒューマンコンピュータインタラクション、Human-AI Integration
合田 圭介
東京大学大学院 理学系研究科 教授。研究分野はバイオエンジニアリング、ナノテクノロジー、光量子科学、医学
野村 泰紀
カリフォルニア大学バークレー校(UC Berkeley)教授 東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構連携研究員。研究分野は素粒子論、宇宙論、量子重力。
加藤 真平
東京大学大学院 工学系研究科 特任准教授 ティアフォー代表取締役CEO。研究分野はソフトウエア、情報ネットワーク、計算機システム。
現代を読み解く鍵は「SF」にある
【暦本】ノーベル賞をとったカズオ・イシグロ(※1)さんの作品のうち『クララとお日さま』(2021年)はロボットの話だし、『わたしを離さないで』(2005年)は人造人間の話だったりするので、設定は完全にSFです。現代文学では、社会を考えるときにSF的な設定にしないと考えられないことがいっぱいありますよね。たとえば、マーガレット・アトウッド(※2)というカナダの作家がいて、ノーベル賞候補なんですが、『侍女の物語』(1985年)を書いています。
※1 カズオ・イシグロ イギリスの小説家。日本で生まれ、その後イギリスに移住。2017年にノーベル文学賞を受賞した。『クララとお日さま』(邦訳は土屋政雄訳で早川書房より2021年に刊行)ではAI搭載ロボットと病気がちの少女との関係性を通じて、『わたしを離さないで』(邦訳は土屋政雄訳で早川書房より2006年に刊行)は臓器提供のためにつくられたクローン人間たちを取り上げて、「人間とは何か」を問いかけている。
※2 マーガレット・アトウッド カナダの作家。1985年に発表した『侍女の物語』(邦訳は斎藤英治訳で新潮社より1990年に刊行ほか)は、近未来の極端な男性優位社会で、生殖機能を持つ女性が子どもを産むための道具である「侍女」として扱われる様子を描いたディストピア小説であり、その後、映画化もされた。
その本では、超少子化社会なので、女性は完全に子どもを産むためのある種の奴隷のようになっています。普通の社会でそんなことを言ったら炎上しますが、「SFです」と言えば議論できるわけです。
少子化はすでに社会に突きつけられている問題なので、ちゃんと議論しないといけないはずですが、非常に難しい話題です。「じゃあ、女性は仕事するな」「子どもを産むだけに専念しろ」とは言えないわけです。
そこで「本当はどうなの?」ということは、文学でしか議論できない領域がある。だから、現代について考えることを一番突き詰めた文学作品は必然的にSFになるんじゃないかと思います。非常に真面目な話ですが、大事なことです。
【瀧口】ノーベル文学賞をとっているのもそういう作品だと?
文学作品に反映される国力
【暦本】ノーベル文学賞を受賞するのは、かなりそういう傾向の人が多いですね。カート・ヴォネガット(※3)という有名なSF作家は「SFは炭鉱のカナリア(危険を知らせる前兆)だ」と言っています。昔は炭鉱にカナリアを入れた鳥かごをつるしていました。
有害ガスが発生すると、カナリアは弱いので、最初に苦しがる。それで人間にも空気が悪くなっていることが分かるんです。炭鉱のカナリアであるSFは、社会の変化や問題を先行して考えるというすごく重要な役割を果たしているんですね。
※3 カート・ヴォネガット アメリカの小説家。SFを取り入れつつ、戦争やテクノロジーといった社会的問題を、皮肉を交えて描いた作品が多い。
【瀧口】なるほど。以前、松尾豊先生が「SFはその国の国力を表しているんじゃないか」とおっしゃっていました。中国に『三体』というSF作品がありますが、中国に勢いがあるからこそ、あれだけ挑戦的なSF作品が生まれるのではないかと。最前線の国力というのがまず文学作品に反映されているというお話でした。
【暦本】今、近未来を予想するために「SF思考」が注目されていて、「ビジネスにはSF思考がなくちゃダメだ」と思って、ビジネスパーソンが後付けでSFを読もうとしたりしています。


