岩崎氏によれば、横暴な支店長をヨイショして出世を図る副支店長という構図は銀行では珍しくない。接待費を「行内接待」に使ってしまう人もいる。ドラマでも、浅野が人事部次長(小木曽!)と料亭で飲み食いするシーンが出てくる。だからこそ、志を貫いて上司や本店審査部とぶつかってでも真っ当な仕事をしようと努力する半沢の清々しさが際立つ。

一流の銀行員が「半沢直樹」に共感するポイントはほかにもある。勝てない戦はしないこと、だ。

「勝てる見込みがないときは、半沢直樹も悪辣な上司に『申し訳ありませんでした』と謝るだけです。ここもリアリティがありますね。銀行では出世して上にいかないとやりたい仕事もできないので、上司相手に無謀な戦いをするべきではないのです。ただし、相手が図に乗って脇が甘くなるときが必ずくる。半沢はそこを逃さずきっちり逆襲します。エリートだからその力もあるのでしょう」

半沢は剣道の達人でもあるという設定だ。暴力に対抗できるだけでなく、形勢不利のときは1歩引いて呼吸を整え構えを直し、相手の隙をうかがう精神力も持ち合わせている。

現実にはほとんどの人が半沢のようにはなれない。気概も実力も足りず、上司に歯向かうリスクに足がすくむ。リスクとは、ドラマでも描かれる左遷や出向である。

「40代からの出向は事実上の片道切符で、銀行に戻れる可能性はほぼありません。それでも給料の差額を銀行が補てんしてくれる在籍出向ならばマシです。給与水準が出向先と同じになる転籍出向になると、例えば1000万円の年収が場合によっては450万円に下がり、住宅ローンが回らなくなったりします」

大手銀行では3年ごとぐらいに異動があるのが普通だ。つまり、2年も待てば上司の異動か自分の異動によって相性の悪い上司と離れることができる。半沢のように反逆しなくても、じっと我慢していれば時の流れが救ってくれるのだ。

ただし、自分を貶めた憎い上司への恨みは晴れず、やるせない気持ちを抱えながら生きていくことになる。だからこそ、「半沢直樹」の復讐シーンでわずかに憂さ晴らしするのではないだろうか。そんな視聴者には同感するが、いかにも二流だ。半沢が行う融資業務の正しさや機を見て戦うしたたかさ、部下とのチームワークに共感を覚える一流の組織人との差を感じてしまう。