中世の商人たちはどのように商売をしていたのか。名古屋市立大学大学院の川戸貴史教授は「例えば、近江にいた新興商人が参考になる。彼らたちは、したたかな戦術を重ね、既得権益を切り崩していった」という――。(第2回)

※本稿は、川戸貴史『商人の戦国時代』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

近江国庁跡
近江国庁跡(写真=Saigen Jiro/PD-user/Wikimedia Commons

近江国の新興商人の躍進

日本の中世というのは首都京都のみならず日本列島の隅々まで、様々な権力によってあらゆる利権が張り巡らされていた時代であり、商業活動においてもフロンティアはほとんど存在しない。

しかも近江国は京都に近く、東から京都へ向けて運ばれたあらゆる物資が輸送された重要な地域であり、新たな権益の生じる余地はほとんどなかった。

そのようななかで、なぜ地元から新たな商人集団が既存の特権集団を押しのけてのし上がっていくことができたのだろうか。

そこには彼ら新興商人たちのしたたかな戦術がいくつもあった。保内商人の活動からそれについて見ていきたい。

中世といっても鎌倉時代の頃までは、座に属するような商人とは別に、地域を遍歴して商品や自らの製品を売り歩く行商人たちが多く活動しており、彼らは誰からも保護されないというリスクを伴いつつも、ある程度自由な商業活動が可能であった。

しかし南北朝時代以降になると、そこから生まれる利益に目を付けた様々な権力によって、地方の港町などの商業の拠点や主要な流通路が支配されるようになり、関所が設置されて港の利用税や道路の通行税が徴収されるようになった。