充実した毎日を送るにはどうすればいいのか。千葉大学大学院人文科学研究院教授の一川誠さんは「効率を高めようと“タイパ”を意識しても、人生の満足度はむしろ下がる。予定を詰め込みすぎると、思い出に残りづらくなるからだ」という――。(第1回)

※本稿は、一川誠『ぼくら大切なことに使える時間はもう、あまりないから』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。

スマートフォンで動画を見る人の手
写真=iStock.com/BongkarnThanyakij
※写真はイメージです

タイパを意識すればするほど時間は虚しく過ぎる

最近は、若者を中心にタイパを追求する傾向が見られます(※1)。やることがたくさんある中で、できる限り充実した生活をしたい、時間を無駄に使いたくないと考えるのは自然なことです。

たとえば、食材を工夫して、食事を作る時間を短縮したり、研修のための動画を1.5倍速などで視聴することで時間を短縮するようなことは多くの人が実施していることでしょう。また、そうしてできた時間を、趣味の時間にあてたり、睡眠時間を増やすことに使ったりしている人も多くいるようです(※1)

しかし記憶の仕組みという観点から見ると、タイパを重視するあまり、多くのことを短い期間に「詰め込みすぎ」てしまうことについては注意が必要なのです。

それは、「詰め込みすぎ」ると記憶に残りづらくなるからです。

たとえば、1日のスケジュールをぎっしり埋めてしまうと、一つひとつの出来事が分節化(「区切り」を挟んだ出来事として認識すること)されず、体験がすべてひとまとめのものとして認識されてしまいます。

その結果、具体的なエピソードが記憶に残らなくなり、「いろいろなことがあったけれど、思い出せるのは2つくらいだった」「忙しく過ごしたけれど、思い出せることのない、虚しく過ぎた時間だった」という振り返りになってしまいます。

予定の詰め込みが「幸福度」を下げる理由

逆に、体験した出来事それぞれの間にはっきりとした区切りがついていれば、「今はこれをやった」とか「さっきは少し雑になってしまったかな」と、具体的エピソードの反省や振り返り、つまり反すうが可能になります。繰り返し思い出すことで、記憶に残りやすくなるわけです。

つまり、短い時間に多くのことを詰め込むと、体験が分節化されない→体験がひとつにまとめられてしまう→具体的なエピソードが思い出せない→長期記憶に残らない→幸福感・充実感を得づらいという流れになり、「忙しく過ごしたけれど、何をやったのか覚えていない、あっという間に過ぎた1日だった」という感想が残されるというわけです。

タイパを追求していろいろなことをやり終えたけれど、何をやったか思い出せない。ただ忙しかったという印象だけ残っている。しかも人生の充実感や幸福感を失っているかもしれない。タイパとは、費やした時間に対して得られた効果や満足度の対比であるのならば、こうした時間の過ごし方を本当に「パフォーマンスがいい」といえるのでしょうか。

タイパやコスパなどが一般的になってきたのは、私たちの生活の中にさまざまな情報が入ってきて、行動の選択肢が膨大になってきたことがひとつの要因だと思います。