日本企業の総合職では、人事異動に社員の意見は反映されない。それがこれまでの常識だったといえる。しかし、キャリア形成に詳しい経営学者の石山恒貴氏は「いわゆる“働き方改革を進めている会社”は、ある取り組みを進めている」という――。

※本稿は、石山恒貴『人が集まる企業は何が違うのか 人口減少時代に壊す「空気の仕組み」』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

職場で口論をする二人の男性を止めに入る女性
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「社員の同意を基にした人事」は実行可能

企業が大きく変わるために取り組めることのひとつが、人事異動における本人同意原則の導入である。それは、企業が自ら強大な人事権を放棄することでもある。

本人同意原則の導入が現実的である理由は2点ある。

第1に、それは個別企業の意思決定だけで実行可能だ。無限定性、標準労働者、マッチョイズムから成る「三位一体の地位規範信仰」が変わりにくいのは、それに経路依存性とシステム性があることが理由だった。

その場合、それを変えるためには社会の多様で複雑な要因に、関係者が一致団結して取り組まなければならない。そうなると関係者間の調整だけで、長期間を要してしまうだろう。

しかし、本人同意原則の導入に関しては、個別企業がそれを実施すると決めてしまえば、容易に実行可能なのだ。

第2に、本人同意原則には人事制度の大きな改定が必要ない。極論をいえば、現行の人事制度を一切変えずに、運用として人事異動を実施する前に本人同意を得ればいいだけだ。もちろん、できれば就業規則に事前の本人同意が必要なことを追記することが望ましいだろう。

社内公募や人事異動の扱い方

人事異動における本人同意とは、社内公募のことであり、その導入のためには人事制度の改定が必要ではないかという疑問があるかもしれない。たしかに社内公募では、本人の意思に基づき新しい部門への人事異動が行われる。これは本人同意に基づく人事異動のひとつである。

しかし、人事異動における本人同意とは、社内公募に限定されない。企業が主導して行われる通常の人事異動の際に、その人事異動に対する同意を本人から得ることが、本人同意原則の導入を意味している。そもそも社内公募とは、欠員補充方式の人事異動という特徴を有する。

他方、企業主導の人事異動では、欠員が生じなくても人事異動が行われることが多い。企業は、自社における社内公募と人事異動の重みの位置づけを個別に決定すればよい。社内公募を主として企業主導異動を従とする、社内公募と企業主導異動を同等の重みで扱う、企業主導異動を主として社内公募を従とする。このいずれの人事ポリシーにおいても、本人同意原則は導入可能なのである。

そして本人同意原則を導入しても、知的熟練論におけるOJTの強みは引き続き活かすことができる。むしろ本人の意向が反映されることで、OJTの精度が向上し、はば広い専門性の醸成が従来以上にうまくいく可能性もある。