認知症は「記憶障害」だけではない
多くの人が「認知症」と聞いて思い浮かべるのは、「記憶障害」かもしれません。しかし、その症状は、私たちが想像するよりもずっと多様で、時に不可解な形で現れます。徘徊(※)、暴言、介護拒否、幻覚……。これらはBPSD(行動・心理症状)と呼ばれ、ご本人も辛いのはもちろん、介護する家族の心を最も疲弊させる要因の一つと言われています。
論理的な説得は通じず、理由を尋ねても答えは返ってこない。なぜ、こんなことをするのか。どうして、穏やかだった母が変わってしまったのか。出口の見えない問いは、やがて介護者を孤独と絶望の淵へと追い込んでいきます。
しかし、認知症の人の不可解な行動は決して「意味のない混乱」ではありません。そして、その謎を解くカギは、その人が懸命に生きてきた「人生の物語」の中に隠されていることも多いのです。
(※)「徘徊」に代表されるBPSDの言葉は、その本来の意味と、本人の思いや実情と合っていないという理由で、近年は別の言葉に置き換えられる流れがあります。
奇声を上げて毎晩施設を逆立ち徘徊する女性
介護士たっつんさんが夜勤をしていた、午前2時。静まり返った施設の廊下で、彼は信じられない光景を目の当たりにします。
「えっ⁉ 逆立ちでこっちに来てる⁉」
現れたのは、三輪さん(82歳)。逆立ちかと思った彼女は、上下反対に服を着ていたのでした。そして、必死の形相で「ケイヤク!」「△※○□$!」と、何かを訴えているのです。
日中の三輪さんは、穏やかで身の回りのこともほとんど自分でこなすことができます。その穏やかな姿と、夜中の豹変ぶりのギャップが、介護スタッフたちをより一層混乱させました。
この「“逆立ち”行動」が始まると大変です。大声を出しているので他の入居者も起きてしまい、やっとの思いで部屋に戻って着替えてもらう頃には、東の空が白み始めているということも。
繰り返される不可解な行動。「一体、どうすればいいんだ……」。誰もが解決の糸口を見つけられずにいました。

