77歳のとき、里中満智子と「架空結婚式」を
「しかし経歴といい、才能といい、ぼくとは月とスッポン、美女と野兎(野獣ほど強くない)だから、断られるかなと恐れたのですが、電話すると『ひゃあーうれしい。やるー』と喜んでいるのでひと安心」(『人生なんて夢だけど』)
実は暢とやなせは結婚式を行っておらず、暢に後々まで「ウエディングドレスを着たかった」と文句を言われたという。そうした経緯を考えると、亡き暢にとってはさぞかし面白くない話ではないかと思うのだが、やなせの秘書を長年務めた、現やなせスタジオ代表の越尾正子さんは著書『やなせたかし先生のしっぽ やなせ夫妻のとっておき話』(小学館)の中で「この時に『私も花嫁になりたい』という人達がいたので、ミュージアムの前夜祭では八人の花嫁が先生と並んだのだ」と記している。暢もこの奇抜すぎる「架空結婚式」なら、嫉妬することなく、笑っていただろうか。
やなせは2000年5月に日本漫画家協会理事長に就任(2012年6月からは代表理事会長に)。2003年に高知学園名誉学園長に就任、2004年に南国市名誉市民に顕彰、2011年に高知県名誉県民として顕彰など、晩年には名誉職や審査委員長のような仕事が増えていく。
しかし、元来堅苦しい式典などが嫌いなやなせは、「人生は、喜ばせごっこ」の精神で、名誉職なども楽しみ、楽しませていた。
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