省エネ部下の感情に訴えかけて「腹をくくらせる」
なかなか頼りがいもあるし、そこそこ積極性もある。なのに、やってほしいときに限って、仕事を断る――あなたのチームに、こんな部下はいませんか。
断る仕事内容によって、彼らを2つのタイプに分類してみましょう。ひとつは、案件の担当やプロジェクトへの参加を断るタイプ。「省エネ部下」と呼べるかもしれません。
もうひとつは、ルーティンワークを断るタイプ。ここでは「俺様部下」と名付けてみます。
省エネ部下は、実利的な判断に基づいて仕事を断っていると考えられます。「自分にとって、この企画を担当するメリットはない」「このプロジェクトを引き受けなくても自分の評価に悪影響は出ない」「いま抱えている仕事だけで十分やりがいはあるから、これ以上手を出す必要はないだろう」……。
第1講でお話ししたように、人間のモチベーション(動機付け)とは、「快に接近し不快から回避したがること」と定義されます。省エネ部下からすれば、モチベーションが感じられない仕事を断るのは自らの快・不快に忠実に従った結果であり、あくまでも理にかなった行動です。
そこで、「このプロジェクトは実はあなたにとっても大きなチャンスだよ」というように、部下が想像できていないメリットを実利的に説明することができれば、部下は考えを改めてくれるかもしれません。
もうひとつ、実利的・合理的判断をする省エネ部下に対してチームリーダーがとれる策があります。それは、感情に訴えることです。「なぜこの仕事はあなたを必要としているのか」「こういう理由があるから、ほかでもないあなたに頼みたいと思っているのだ」というように、部下自身の能力と適性にフォーカスしたWhyを熱く語りましょう。
省エネ部下を説得するために、筋道だった理由は必ずしも必要ありません。チャレンジングな仕事を引き受けるとき、私たちに腹をくくらせているのは、「これは自分にしかできないんだ」「自分がやらないとダメなんだ」という、論理や損得を度外視した使命感や責任感です。
上司が部下の感情を適切に刺激することができれば、省エネ部下も、自らの快・不快軸を超えた次元でジャッジし、仕事を引き受けてくれることが期待できます。
「定型業務はしない」俺様部下が増えると、組織は弱体化する
しかし、「あなたにしかできない仕事だからやってほしい」といった、個々人が持つ特定業務への優位性を過度に強調するコミュニケーションは、実は諸刃の剣です。なぜなら、省エネ部下を鼓舞するのに有効である反面、俺様部下を肯定してしまう可能性があるからです。
電話に出る、コピーをとる、窓口対応をする……。俺様部下がルーティンワークを断るのは、「自分は優秀だから、そんな雑務はほかのやつがやればいい」「なんで俺が誰でもできるような雑用までやらなきゃいけないんだ」という考えが背景にあります。
チームリーダーのあなたが省エネ部下に伝えた「これは君にしかできないから頼んでいるんだ」というメッセージが、「自分にしかできない仕事をするのが大事だ」という理解になってチーム内で広がると、俺様部下は「ほら、ほかの人でもできる定型業務はしなくてもいいんだろ」という考えを強めかねないのです。
みんなが俺様部下のようになって、「自分にしかできない仕事しかやらない」と決め込んでしまったら、会社はどうなるでしょうか。組織を下支えしているのは、ルーティンワークです。その会社は回らなくなり、弱体化してしまうでしょう。
逆に、自分の定められた役割の外にあるボールを積極的に拾いに行こうとするメンバーが多ければ多いほど、組織は強くなるといわれています。この、「自分でなくてもできる仕事を喜んでやる」ことを、経営行動科学の研究では、「役割外行動」と言います。
人が役割外行動をとるのは、自分が得をするからではなく、他人を助けたいからです。このように、自分のためではなく、他人のために行動することは、心理学で「利他行動」と呼ばれます。
マイケル・トマセロは著書『ヒトはなぜ協力するのか』において、利他行動は人間の特性であり、乳幼児からすでに備わっていることを明らかにしています。
興味深いのは、利他行動は成長するにつれ選択的になっていくことです。「仲間は助けるけれど、見知らぬ人は助けない」「自分に得ならやるけれど、損ならやらない」というように、大人になると、人間は打算的になってしまうのです。
上司が率先して「与える人」になれば、部下も見習ってくれる
省エネ部下も俺様部下も、ベクトルは違えど、利他行動の対象が狭まっているせいで役割外行動をとらないという点で一致していると考えられます。
自分のためにしか動かない彼らを、他人のために率先して動くようにさせるにはどうすればいいか。自分の「テイク」しか考えていない部下を、他人に「ギブ」できる部下に変えるにはどうすればいいか。
答えは簡単です。まずは、チームリーダーが部下にギブしてください。あなた自身が、ギバー(与える人)になるのです。
困っている部下がいたら、「何か代わりにできることはある?」と聞いてみてください。部下が慌ただしくしていたら、チームリーダーが資料の準備をする。部下が仕事を抱えてパンクしていたら、案件をひとつ引き取る。自分の職務の範囲外の仕事を、部下のために、肩代わりしましょう。
部下一人一人の仕事をいちいち引き取っていたら、チームリーダー自身が忙殺される恐れは確かにあります。しかし、部下が本当に困っているときに、「ここぞ」と手を差し伸べることで、部下は「そんな雑用もやってくれるなんて」「上司も忙しいはずなのに、いま助けてくれるなんて」と感じるはず。
何かを与えられたら、何かを与え返したくなるのが人間です。上司がギバーになれば、部下もギバーになります。日ごろから支えてくれる上司が「助けてほしい」と仕事を依頼してきたら、その部下も「上司を助けたい」と思うはずです。
「何かあったら助ける」のギバー精神をチームで醸成しよう
私が共同経営する株式会社MIMIGURIの暗黙の共通言語は、「ギバー精神」です。
誰かが困っていたら、自分から声をかけて、アシストする。自分が手一杯になっていたら、今度は誰かがこぼれ球を拾ってくれる。ギブしてくれた人に感謝し、自分もギバーになり、メンバーのギブ行動を賞賛するという風土が、当社にはあります。
MIMIGURI共同代表を務めるミナベトモミの口癖は、「何か巻き取れることない?」です。仕事が山積して困っている部下たちに、自分が代わりにできることはないか、頻繁に声をかけています。私にもいつも聞いてくれますよ。
仮に引き受けてもらえる仕事がなかったとしても、「何かあったら助けるから」と伝えてもらえるだけで、自分にとっては大きな精神的な支えになります。
先日、ミナベが突然の体調不良で社員総会に登壇できなくなったとき、「これは俺の出番だ」と思って、私がピンチヒッターになったことがありました。「自分にできることがあったら教えてほしい」と普段から言ってくれる人が困っていたら、「私にできることがあったら代わりにやろう」と自然と思えるものです。
チームリーダーは日ごろから部下に助け船を出しながら、部下が自分や他のメンバーのためにとった利他行動を高く評価すれば、持ちつ持たれつの「ギバー精神」をたたえ合う風土がチーム全体で醸成されていきます。
チームにギブの精神が浸透すれば、部下も利己的な理由では安易に仕事を断らなくなるでしょう。


