日本初の「スポーツ本」ベストセラー

社団法人全国出版協会・出版科学研究所の『出版指標年報』におけるベストセラーランキング(毎年30位までが公表されている)を資料として、スポーツ選手・監督(引退後を含む)による著作をピックアップしたものが下表です。意外に少ないことが分かります。他のランキングをみてもこれは同様です。以下、基本的には時系列順に、これらの著作とその関連書籍の動向を追っていきます。

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表1 スポーツ本のベストセラー

表のなかで最も古い著作が、1963年から1965年にかけてのベストセラーランキングに居座り続けた、日本代表女子バレーボール監督・大松博文さんの『おれについてこい——わたしの勝負根性』でした。1963年はランキング14位、1964年は5位、そして1965年のランキングでは3位に同書、2位に続編の『なせば成る——続・おれについてこい』が連なるというように、大松さんの著作はこの当時の人々の大きな注目を集め続けていました。

『おれについてこい』では、国内で無敵を誇った大日本紡績代表女子バレーボールチーム「日紡貝塚」がそのまま日本代表チームとなり、1962年のバレーボール女子選手権大会に優勝するまでの経緯が描かれています。1964年刊行の『なせば成る』で描かれているのは、東京オリンピック優勝までの道程です。両書ともに基本的なスタンスは同様なので、ここでは『おれについてこい』の内容を紹介することとします。

「東洋の魔女」とも呼ばれた同チームを支えたのは、文字通りの猛烈な練習でした。同書には「できないことをやるのだ」「体力の限界こえて」「鬼と呼ぶなら呼べ」といった章のタイトル、「向こうが五時間ならこっちは七時間」「睡眠時間をちぢめる」「ケガに慣れてしまえ」「やるのだ! まだ息をしている」「病気は許されぬぜいたく」「全治一か月の診断も無視」「指が折れたくらいなんだ!」といった小見出しが並びます。同書のサブタイトルが「わたしの勝負根性」とあるように、根性の物語、まさに「スポ根」の結晶物といえる著作が、我が国初のスポーツ関連のベストセラーだったのでした。

『なせば成る』には、1章だけ「猛練習そのものではなくて、猛練習を避けようとする心を征服すること」(103p)、「迷いはすべて修練の不足から」(120p)等の、練習についてのまとまった主張が展開されている箇所があるのですが、両書の基本的な性格は「自伝」だといえます。この当時から現在に至るまで、スポーツ関連書籍の基本的な性格はこの自伝というパターンです。

この連載ではひたすらに自己啓発書、つまりハウ・トゥ本を扱ってきたわけですが、自伝のもつ臨場感というのはそれらにない、書きものとして非常に魅力的なものがあります。たとえば1965年のベストセラー、金田正一さんによる『やったるで!』の冒頭のシーンは次のように始まります。前年のオフシーズンに、国鉄スワローズから読売ジャイアンツに移籍した金田さんが、開幕戦のマウンドに立つシーンです。

「右をみた。長島がいた。左をみる。そこに王がいた。ふりかえると広岡も柴田もみんなグラウンドにたくましく立っていた。『カネさん、やろうぜ』声をかけたのは長島。王はなんとも朗らかな顔でニッコリ笑った。この瞬間、ワシは巨人のユニホームを着た実感が、しみじみとわいてきた。“よし、やったるで!”」(8-9p)

金田さんの著作には、何も教訓めいたことは書かれていません。自らの生い立ちから始まり、その野球人生に起こった出来事と、その時々に思ったことを生き生きと綴っていく。これですべてです。