ハウ・トゥなしで人を啓発する方法
金田さんの引用文にも出てきましたが、この時代は「ON」の時代だといって間違いはないでしょう。この時期、ベストセラーランキングにこそ入っていませんが、長嶋茂雄さんは1963年に『熱球悲願』、王貞治さんは1969年に『でっかくいこうぜ!』という、それぞれ自伝的な著作を刊行しています。両書ともに、これこれをせよ、といった教訓めいた話はなく、その野球人生に起こった出来事と、その時々に思ったことをただ綴っていました。
こうした自伝的著作は、現在に至るまで刊行され続けています。ベストセラー上では、1988年の江川卓さんによる『たかが江川されど江川』、2009年の清原和博さんによる『男道』がそれにあたります。江川さんの場合は、当時話題となった入団経緯から説き起こしたその野球人生が、清原さんの場合は、甲子園での華々しい活躍を経て、プロでの活躍、移籍、怪我との戦い、引退へと至る野球人生がそれぞれ綴られています。野球人生のなかで起きた出来事から切り離された、一般的なハウ・トゥが語られるということは、管見の限りではこれらの著作にはありませんでした。
しかし、ハウ・トゥが語られていなくとも、これらの著作を読んだ人の多くは、心が奮い立つような気分になる、つまり何らかの啓発をされたような気分になったのではないかと考えられます。では、自伝的著作は、何をもって人々を啓発していたと考えるべきでしょうか。
私はそれを「生きざま」だと考えています。教訓など語らずとも、自分が過ごし、また結果を出してきた(競技)人生そのものが何事かを物語っている。人々はそのような生きざまからそれぞれの教訓を引き出し、あるいは自分自身の人生と重ね合わせ、日々の生活の糧とする。そのようにして、こうした自伝は読まれていたのではないでしょうか。
いや、現在においても、スポーツ選手・監督の手がける著作の王道は、このような自伝的著作です。著名人の生きざまを手がかりにして、自らの人生の糧とするという営みは、かつても今も同様に行われ続けているのだと考えられます。しかし、冒頭に挙げたベストセラーをはじめとして、それに留まらない新しい傾向が近年出始めているのです。ただ、何が新しい傾向なのかが分かるためには、それ以前のスポーツ関連書籍がどのような内容であったのかを知っておく必要があります。そこで、以降の回は時系列順に、スポーツ関連書籍のベストセラーを追いかけていくこととします。
『心を整える。――勝利をたぐり寄せるための56の習慣』
長谷部誠/幻冬舎
『上昇思考――幸せを感じるために大切なこと』
長友佑都/角川書店
『夢をかなえる。――思いを実現させるための64のアプローチ』
澤穂希/徳間書店
『逆転力――マイナスをプラスにかえる力』
丸山桂里奈/宝島社
大松博文/講談社
『男道』
清原和博/幻冬舎