【田原】どうしてそうなっちゃったんだろうか?
【岩瀬】護送船団のせいでしょう。日本の生命保険会社は戦後、1946年に21社で再出発をしました。72年にアリコを筆頭にアフラックなどが参入。96年に子会社を通した生命保険と損害保険の相互参入が自由化されたため、新たに10社が参入、43社になりました。ということは戦後、外資と損保以外の新規参入はずっとなかったということになります。不思議に思って、最後に親会社として保険会社の資本が入っていない新しい保険会社ができたのはいつかと調べたら、34年でした。起業しようという人がいなかったわけではありません。当局が免許を出さないから、新規参入がなかったんです。
【田原】ちょっと待って。34年というと僕の生まれた年だ。そりゃ生保が古くなるわけだ(笑)。
【岩瀬】逆にいうと、古くて変化のない業界だからこそ規制緩和でベンチャーにもチャンスが生まれます。生保業界の規制緩和は少しずつだったのですが、2006年の保険料自由化で大きく前進しました。保険料は死亡率によって当局が決める部分と、各社の手数料の部分にわかれていますが、以前は手数料にも規制があり、護送船団でいちばん弱いところに合わせた値段にする必要がありました。ただ、06年から手数料は各社の経営判断で決めていいことに。僕が保険業界に飛び込んだのも、そのタイミングでした。
禁断の保険料内訳を公開して躍進
【田原】岩瀬さんたちは06年に準備を始めて、08年に認可を取りました。会社は何人で始めたのですか。
【岩瀬】準備を始めたときは出口と2人です。溜池山王の雑居ビルに他のベンチャー数社と共に居候して、何もないところからスタートしました。
【田原】保険会社はセールスレディの人数が勝負でしょう。大手生保は戦後、戦争未亡人をセールスレディにして大成功した。でも、ライフネット生命は1人もいないらしいですね。それでどうやって売っているのですか。
【岩瀬】インターネットで直接販売しています。お客様の平均年齢がちょうど36.9歳で、僕はいま37歳。僕らの世代は営業職員に会っている時間もないし、そもそも押し売りされるかもしれないから会いたくない。それなら自分でネットで調べて選ぶから安くしてくれと考える人が多い。そういう需要が必ずあるはずだと思って、インターネットでの直販にしました。