バケツのフタを開けたら「首」が入っている
【養老】手だけを机の上に置いておくとみんな逃げるね。
【名越】よくそんな実験しましたね!
【養老】たまにヤクザみたいな人が因縁つけてくるわけ、死体の扱いのことで。そういうときは面倒くせえから、標本の手を置いておく。するとみんな帰るから。
――ヤクザでも?
【養老】ああいう人ほどそういうのに弱い。東大の建物にインターンが、泥棒目的で夜間忍び込んでくという話があったんだよ。現金を取られたという被害もよくあったんだけど、僕の部屋の前で大体止まってるわけ。解剖学教室でカネ目の物を物色するうちに、いろんなものが出てくるんだよね。見たくないものが。うっかりバケツのフタを開けたらさ、首が入ってたりするから。ましてや夜だし(笑)。
【名越】それは怖い。
疲れ過ぎて、解剖しながら寝てしまった学生
――名越先生も医学生のときに解剖をおこなって、気持ち悪いって感じはなかったですか?
【名越】僕は初めからなかったんですよ。もちろん生々しいですよ、顔は。確かに先生が言われるように表情がない。手を見てると、生きているじゃないかと生々しさはあったけど、慣れました。難しかったのは、耳の奥の解剖。先生に「全然骨が出ないんですよ」というと、「もう既にその奥に行ってるよ」って怒られたりして。どれぐらい繊細に掘っていったらいいかわかんないですよね。「どうしましょう」って相談したら、先生が「ちゃんと出した骨を見なさい」って。耳の伝導を助ける骨って、すごいなとか思って。
【養老】蝸牛と三半規管が入っている部分が、骨なんですよ。骨迷路というぐらいで、なにしろ迷路だからややこしい。ノミで削っていくんだけど、下手にやると割れてしまう。
【名越】それ、学生レベルで全部だすのってすごいことなんです。とにかく解剖実習って、体力的に大変なんです。1週間に1回、必ずテストがあるしね。班分けして実習するんだけれど、同じグループにものすごく勉強する優秀な人がいて、ふっと気づいたら、ご遺体の頭と頭がゴッツンコして寝ているんです。疲れ過ぎて、解剖しながら寝てしまっていたんですよ。同じ班の学生と、「これ、起こした方がいいのとちがうか」とか「いや、今起こしたらトラウマになるよ」とか言って、結局、「そのうち起きるからそっとしといてあげよう」みたいなことになって、そしたら、いきなりパッと起きて。
「なんで起こしてくれないの!」
ってひどく怒られた。