「清潔好きな日本人」というイメージが拡散

羽仁はまず、日本人は大人も子どもも毎日湯に入るが、西洋人の大人が滅多に風呂に入らないことを挙げる。ただし、西洋では子どもに湯浴みをさせることが紹介された。この記述は「東西育児法の比較」という節に属すので、他の項目の内容や比較も確認してみよう。

たとえば子どもを「寝かすとき 其の時間」という項目では、西洋では子どもを独りで寝かせることが紹介されている。他の「昼寝」や「母親の乳」という項目でも、西洋の育児や外国の子どもについての紹介が中心である。「沐浴」の項目のように、「日本人は」という主語で始まっている箇所はみられない。

入浴習慣を日本と西洋とで比較する記述は、家政書以外の分野でもみられた。明治30年代は衛生領域において「入浴」をひとつの軸に西洋と日本とを比較し、清潔好きな日本人というものが認識され、繰り返し表明された時期だった。羽仁の記述では、日本人と西洋人の入浴について単なる比較をしているに過ぎないようにみえるかもしれないが、読み手に入浴と日本人とのつながりを印象づける効果があったと考えられる。

入浴することと日本人らしさを結びつけていく記述や、日本と西洋を比較する視点は、明治時代の末にはより明確になっていった。1911(明治44)年に刊行された福田琴月『家庭百科全書 衛生と衣食住』は、衣服・食物・住居と衛生に関する書籍である。福田は翻訳家でもあり、この本を著した目的を、衣食住を調和させて家庭をつくり、それを衛生的に整理すれば健全な家庭が成り立つと、色々な説を斟酌しんしゃくしながら記述したと述べている(*15)

(注)
(*15)福田琴月『家庭百科全書 第三十一編 衛生と衣食住』博文館、1911年、3頁

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日本人は下流社会であっても定期的に入浴する

この本の第三編である「住居」には「入浴と衛生」という章があり、次のように始まる(*16)

我国では古来沐浴を度々する美風があつて、どんな下等社会でも毎月数回は入浴するが、欧洲諸国では、下等社会は勿論、上流社会でも本邦人のやうに度々入浴するのは稀である。

福田は日本の入浴習慣を美風とし、どんな人々も入浴すると述べたうえで、さらに日本と欧米を比較して、入浴習慣と日本人を密接に結びつけている。

1912(明治45)年、田中義能たなかよしとうによる『家庭教育学』という本が刊行された。神道学者である田中義能は、國學院大学や東京帝国大学で神道学の講座を受け持っていた人物である。

当時の國學院大学や東京帝国大学には、1890(明治23)年に「教育勅語」が渙発かんぱつされた後に、近代日本の精神的な紐帯として位置づけられようとしていた「国民道徳」について論じる井上哲次郎や芳賀矢一が所属していた。実際、田中は国家神道や国民道徳に関する論考も数多く残している。

後に大倉精神文化研究所が主催した臨時神道講習会では、井上哲次郎とともに講演したこともあった(*17)

(注)
(*16)福田『家庭百科全書 衛生と衣食住』234頁
(*17)大倉精神文化研究所編『臨時神道講習会叢書 第一、第二輯』大蔵精神文化研究所、1933年