なぜ日本社会では、「毎日入浴することが当たり前」と思われるようになったのか。立命館大学生存学研究所特別招聘准教授の川端美季さんは「国民に対する教育の影響が大きい。そのひとつとして明治時代に『家政学』に関する書籍が多く出版され、家政書が読めるような一部の階層では、“母親の教科書”として読まれていた。入浴に関する具体的なアドバイスもあり、清潔であることが日本人の道徳だとされていた」という――。(第2回)

※本稿は、川端美季『風呂と愛国 「清潔な国民」はいかに生まれたか』(NHK出版新書)の一部を再編集したものです。

赤ちゃんを風呂に入れる母親
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なぜ日本人は「風呂好き」になったのか

日本における入浴をめぐる言説はどのように共有され、人々の間に浸透していったのだろうか。入浴習慣がよいもので、それが日本独自のものであるとするならば、その習慣をどう浸透させていったらよいのか。

そこで習慣を根づかせるコミュニティとして重視されたのが「家庭」であった。明治時代から「家庭衛生」という領域で、(多くは家政に関する書籍のなかで)入浴が論じられるようになっていったのである。本稿では、明治時代から大正時代における、日常生活に密着したレベルでの記述を行う家政学の議論を中心に取り上げ、日本人の習慣としての入浴が、どのように家庭に、とりわけ女性に託されてきたのかをみていきたい。

まずは、「家政」という言葉について確認しておきたい。家政というと「家政婦」や「家庭科」を思い浮かべる人々もいるかもしれない。西洋では近代に家政学の領域が確立したとされるが、「家政」という言葉自体は古代ギリシャの『オイコノミコス』という本を起源とする(オイコノミコスは「家政について」という意味をもっていた(*1)。またエコノミクス(経済学)の語源でもある)。

アメリカでは19世紀後半からホーム・エコノミクス(家政)運動が盛んになり、20世紀に学問領域としての家政学が確立した。その代表的な出来事として、20世紀初頭にアメリカ家政学会が創立されている。

家政学とは「最も包括的な意味において、一方では人間の直接的物的環境」についての、もう一方では「社会的存在としての人間の特性についての、法則、条件、原理、理想についての研究」であり、これら二つの要素の関係をめぐる研究だと位置づけられた(*2)

(注)
(*1)よく知られているように、エコノミーの語源がオイコノミア(家の管理)である。『オイコノミコス』は古代ギリシャのクセノポン(クセノフォン)によって著された。妹島治彦『『ビートン社の家政書』とその時代 「しあわせのかたち」を求めて』京都大学学術出版会、2018年、xii。クセノフォン著、越前谷悦子訳『オイコノミコス 家政について』リーベル出版、2010年
(*2)アメリカでは1899年から10年間、レイク・プラシッド会議が開かれ、アメリカ家政学会が創立されていく。この定義は1902年につくられ、現在まで広く使用されている。S・ステイジ、V・B・ヴィンセンティ編著、倉元綾子・山口厚子訳『家政学再考 アメリカ合衆国における女性と専門職の歴史』近代文藝社、2002年、366頁