「価値の逆転」はキラーコンセプト

さらにニーチェの指摘を加えれば、ルサンチマンを抱えた人は「ルサンチマンに根ざした価値判断の逆転」を提案する言論や主張にすがりついてしまう傾向があります。

そのようなコンテンツの典型例として、ニーチェ自身は「貧しい人は幸いである」と説いた聖書を挙げています。他にも「労働者は資本家よりも優れている」と説いた『共産党宣言』もまたそのようなコンテンツとして整理できるかも知れません。

両書がともに、全世界的に爆発的に普及したことを考えれば、ルサンチマンを抱えた人に価値の逆転を提案するというのは、一種のキラーコンセプトなのだと言えるかもしれません。

単なるルサンチマンか、崇高な問題意識によるものか

私個人は聖書の愛読者でもあり、ニーチェの指摘には首肯しかねる部分も多々あるのですが、古代以来、多くのキラーコンテンツが、その時代における大きな価値判断の逆転を含んでいたことは否定できません。このような「価値判断の逆転」が、単なるルサンチマンに根ざしたものなのか、より崇高な問題意識に根ざしたものなのかを私たちは見極めなければなりません。だからこそ、ルサンチマンという複雑な感情とそれが喚起する言動のパターンについての理解が不可欠なのです。

最後に、本書の別箇所でも取り上げているフランシス・ベーコンの言葉を紹介して本節を閉じることにしましょう。

富を軽蔑するように見える人々を余り信用しないがよい。富を得る望みのない人々が、それを軽蔑するからである。こういう人々が富を得るようになると、これほど始末に困る手合いはいない。
(フランシス・ベーコン『ベーコン随想集』)
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