好きなものを、素直に好きと言えない人がいる。なぜなのか。コンサルタントの山口周さんは「ニーチェが提示したルサンチマンという概念が役に立つ。劣等感を、努力や挑戦によって解消しようとせずに、劣等感を感じる源となっている『強い他者』を否定する価値観を持ち出すことで自分を肯定しようとしている」という――。

※本稿は、山口周『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

フリードリッヒ・ニーチェ(1844~1900)
ドイツの哲学者、古典文献学者。現代では実存主義の代表的な思想家の一人として知られる。博士号も教員資格もないまま、24歳の若さでバーゼル大学古典文献学の教授として招聘されたが、処女作である『悲劇の誕生』が学会から無視され、また健康上の問題もあって、大学を辞職した後は在野のアマチュア哲学者として一生を過ごした。ニーチェの文章はドイツ語散文の傑作と見なされ、ドイツでは国語教科書にもよく採用されている。
フリードリヒ・ニーチェ
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イソップ童話の「酸っぱいブドウ」

ルサンチマンを哲学入門書の解説風に説明すれば「弱い立場にあるものが、強者に対して抱く嫉妬、怨恨、憎悪、劣等感などのおり混ざった感情」ということになります。わかりやすく言えば「やっかみ」ということなのですが、ニーチェが提示したルサンチマンという概念は、私たちがともすれば「やっかみ」とは思わないような感情や行動まで含めた、もう少し射程の広い概念です。

イソップ童話に「酸っぱいブドウ」という話がありますね。あらすじを確認すれば、キツネが美味しそうなブドウを見つけますが、どうしても手が届かない。やがて、このキツネは「あんなブドウは酸っぱいに違いない、誰が食べるものか」と言い捨てて去ってしまう、というストーリーです。

ルサンチマンは本来の判断能力を歪める

これは、ルサンチマンに囚われた人が示す典型的な反応と言えます。キツネは、手が届かないブドウに対して、単に悔しがるのではなく、「あのブドウは酸っぱい」と価値判断の転倒を行い、溜飲を下げます。ニーチェが問題として取り上げるのはこの点です。すなわち、私たちが持っている本来の認識能力や判断能力が、ルサンチマンによって歪められてしまう可能性がある、ということです。

ルサンチマンを抱えた個人は、その状況を改善するために次の二つの反応を示します。

①ルサンチマンの原因となる価値基準に隷属、服従する
②ルサンチマンの原因となる価値判断を転倒させる

この二つの反応は、共に私たちが自分らしい、豊かな人生を送るという点で、大きな阻害要因になり得ます。順に考察していきましょう。