後ずさりしながら支払いを言い張る
ビジネスシーンで相手にごちそうしたり、ごちそうされたりするときのやり取りには、独特のマナーがあります。
食事や酒席を共にして「そろそろお開きかな」というタイミングで、取引先や上司が店員に「お会計を」と伝えます。それを見て顧客や部下が慌てたように財布を取り出し「あ、今日は私が……ごにょごにょ」と申し出ます。
「いやいや、いいから」
「いえいえ、そんなわけには」
という押し問答が何度か繰り返された後に、当初の通りに取引先や上司が支払いを済ませます。ごちそうしてもらったほうは恐縮至極の体で「ごちそうさまでした」と礼を述べて会食が終わる。昭和の時代から変わらぬサラリーマンの“様式美”です。
私は「伊勢うどん大使」をやっている関係上、三重県の方々にたまにごちそうになりますが、三重県はごちそうする側が下手に出る傾向が、他の地域よりも強いように感じます。ごちそうする側が「今日は私に出させてください」と申し出て、相手が「いえいえ」と財布を出したのを見るや「いやいやいやいや、いつもお世話になっていますので、これくらいは当たり前です」と後ずさりしながら、恐縮する相手以上の勢いで言い張るのです。全国的にそういう作法はあるのでしょうが、東京の人たちと比べると三重県はとくにお作法が丁寧で、有無を言わせない強さがあるように感じています。
ところが最近は全国的な傾向として、若い人たちを中心にこうしたやり取りを「面倒くさい」と捉える向きがあるようです。ごちそうしてもらったのに「さも当然」という顔をして感謝すらしなかったり、人間関係に借りをつくりたくないからと頑なに支払われることを拒んだり。
目上の者が食事をごちそうするのは金銭で貸しをつくるというより「相手との距離を縮めたい」「円滑な関係性を継続したい」といった善意に基づいた行為です。「ワリカン」を過剰に主張するのは、本人は気遣いのつもりでも、「あなたとは距離を縮めたくない」と喧嘩を売っているのだと捉えられかねません。ごちそうする側が「おごってあげる自分」に酔いしれている部分はあるにせよ、現実的に出費を伴うわけですから、それくらいいいではありませんか。ありがたくおごられて、その場を楽しんでもらいましょう。
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