追加利下げに慎重となるイングランド銀行

このように「大きな政府」を目指す予算案を受けて、物価の番人であるイングランド銀行(BOE)のアンドリュー・ベイリー総裁は、追加利下げに対して慎重な姿勢を強めた。そもそもベイリー総裁は、インフレの粘着性から追加利下げに慎重な立場だったが、9月の消費者物価の下振れ(前年比1.7%上昇)を受けてハト派姿勢を強めていた(図表2)。

出所=ONS、イングランド銀行(BOE)

しかし、その後に発表されたスターマー政権の予算案を受けて、ベイリー総裁は再びタカ派に転じることになった。BOEは11月7日に定例の金融政策委員会(MPC)を開催し、政策金利を0.25%引き下げたが、スターマー政権による予算案で高インフレが続く可能性が高いと判断し、今後の追加利下げは緩やかになるという見方を示した。

欧州連合(EU)からの離脱(2020年1月)に伴う供給網の混乱やロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー危機(2022年2月)と、英国は立て続けに負の供給ショックに襲われ、歴史的な高インフレを経験した。ようやくインフレが落ち着き、金利を下げることができるのに、それを阻むのが、国民生活の向上を謳う新政権という構図である。

インフレは実質所得の減少をもたらし、国民の生活を悪化させる。インフレは需給のズレ(需要超過)の結果であるから、需要を抑制するか供給を刺激するかしなければ沈静化は望めない。供給の刺激は成功するとは限らないし、成功するとしても長期を要するため、痛みは伴うが短期的に効果が望める需要の抑制という手段が、各国で採用されている。

デマンドプルだろうとコストプッシュだろうと、インフレはインフレである。したがって、需要が抑制されなければ高インフレは沈静化しない。むしろコストプッシュであれば、供給の刺激に努めなければならないのに、スターマー政権の予算案はむしろ需要の刺激に努める内容である。この構図は、残念ながら日本の姿にも重なるところがある。

雇用主や富裕層を狙い撃ちにする増税策の矛盾

さて英国の新年度予算案では400億ポンド(約8兆円)の増税策が盛り込まれているが、スターマー政権はその財源を、雇用主と富裕層への増税に求めている点でも特徴的である。労働者の味方を自負する労働党の面目躍如ともいえそうだが、一方でこうした負担の在り方は、英国経済そのものの活力を大いに傷つける可能性が高いものである。

雇用主は主に国民保険料の負担の増加を求められるが、その負担を上回る利益が生み出せないなら、雇用主は使用者(労働者)の給与を据え置くか、減らさざるを得ない。つまり、賃金が上がりにくくなる一方、インフレが進むことで、使用者の所得は目減りする恐れが出てくる。この点について、労働党の認識は楽観的過ぎるのではないか。

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