若者のたゆまぬ努力が現場の意識を変えた

「事前に製造長やリーダーに相談していれば、協力してくれたんでしょうけど……」

そう藤本が語るように改革を円滑に行うために、根回しは必要なのかもしれない。だが、根回しに長けた世慣れた青年よりも、慣習を無視して、強引にでも正しいと信じる道を邁進する若者の方が、新しい風を起こす改革者にふさわしい。藤本は後者だった。それに藤本はあきらめが悪かった。

暑い日も寒い日も、みんなが休憩している間も、ひとり水をまき続けた。

デッキでは包丁を使えないと一人前として扱われない。それが製造の文化である。

藤本も、ベテランの乗組員にコツを教えてもらったり、自ら試行錯誤したりして包丁の使い方を身につけた。入社して3年、5年が過ぎた。藤本の話に耳を傾ける船員が徐々に増えた。彼の改革は、ゆるやかに、しかし製造の現場を確実に変えた。

変えられるもの、変えられないもの

ふだん藤本はデッキの真下の製造事務室でパソコンと向き合って、生産量に頭を悩ませたり、陸とのやり取りに忙殺されたりしている。けれども、いまも藤本は、クジラが揚がってくるたびに截割さいかつデッキに上がって、包丁を振るう。截割とは、解剖で切り分けた鯨肉を30キロから100キロの部位ごとのブロックにカットする工程である。

中華包丁のような分厚い刃物を鉈のように使って赤肉を切り分け、青と黄色に色分けされたカゴに手際よく放り込んでいく。カゴの色ごとに肉の等級が決まっているのだ。

「叩き包丁といって、硬い筋は叩くようにしてさばくんですよ。以前、鯨肉をカットする方法をマニュアルで示そうという話もあったんです。上手なベテランの動きや切り方を撮影して、マニュアルにできないのか、と。でも、現実的に難しかった。人によって包丁の好みの厚さも違いますし、ノンコをかける位置も違う」

「ノンコ」とは鯨肉を引っ張ったり、押さえたりする際に用いる手鉤である。

“鯨肉を叩く”手を止めずに彼は続けた。

「そもそも鯨肉の硬さや筋の入り方が毎回違うので、説明したり、マニュアル化したりしてもみんなが同じようにできるものではないんです」

手に馴染んだ包丁が、試行錯誤の歳月の結実だった。

クジラを撃つ砲手や、巨大なクジラを解剖する大包丁ほどの派手さはないかもしれない。けれども、よりよい鯨肉の生産を目的とする商業捕鯨に、不可欠な改革でもあった。