対象部署もチャネルも営業スタイルも全てが異なる

当時強く意識していたのは、はしごを登るようにして両手両足を段階的に動かし、能力の獲得と事業化を進めるということであった。

例えば人材会社が最初から第三段階目であるSaaS事業に参入するというのは、非常に高いリスクを持った戦略であり、実現できると思えなかった。

斜めに進むのではなく、事業領域と自社が保有する能力を段階的に拡大させるジグザグ走行をするべきだと考えていた。(図表1参照)

作ったこともない商品を新しい顧客層へ売りに行くのは極めて不確実性が高く、赤字状態を継続することになる。目的が明確であり、スピード重視ということであれば商品開発と新規営業を行ってもよいが、高いリスクを許容しなければならない。

毎回新たな能力獲得には大きな苦労があった。人材の媒体やイベントを売ることとSaaSサービスを売ることでは、対象部署もチャネルも営業スタイルも全てが異なり、それぞれゼロからの能力獲得が求められた。

このときにオウンドメディア運営能力、展示会の使い方、手紙の活用方法、顧問の活用方法など多くの知見を得て「SaaSの販売・マーケティング能力」を獲得するに至った(今思えばアドバイザーなどに入ってもらえればより効率的にできた)。

これを実現したメンバーは買収時点で在籍していたわけではなく、AI事業立ち上げのために採用した新規採用者が主である。

「驚くようなビジネスモデル」はハイリスクな選択肢

販売能力を拡大させるには、従来と異なる顧客基盤に対して自社の商品を販売することを考えよう。

新規営業は多くの人が避けたがるため、リーダーが強い意思を持たなければルート営業だけしかできない組織になってしまう。この状態を続けた結果、新規開拓能力を失ってしまっている企業は多い。

新たな顧客へアプローチするには、新たなマーケティングチャネル(媒体など)を使う必要性が出てくることもある。常に新たなチャネルを使いこなすよう挑戦することで、販売能力を日常的に拡大できる。

企画・開発能力を拡大させるには、自社と強い関係性を持つ顧客に対して新たな商品を売ってみるといい。

パートナーと共に共同パッケージを組成し、売り込みにいくのももちろん良いだろう。この過程で顧客のニーズに敏感になり、開発を行って新たな提案をし、オペレーションを組み上げていくという能力が拡大できる。

新商品・新規事業というと「驚くようなビジネスモデル・イノベーション」を思い浮かべてしまうかもしれないが、yutoriがアパレルではなくコスメを販売したように、自社の能力から距離の近い妥当な領域に迅速に展開することを基本と考えよう。

「驚くようなビジネスモデル」は派手でメディア受けも良いが、事業として成功する確率は低く、ハイリスクな選択肢でもある。

能力拡大は常に不確実性を伴い、多くの場合は時間も必要とする。ナイルがBtoBのSEO支援から変革を試み、自社でメディア事業を運営する能力を持ち、さらに自社で金融商品を開発して販売可能になるには10年近い時を要した。

ナイルのような機動力がある企業であっても、長い時間が必要だったのだ。自社を変えるためには時間が必要であることを認識し、いま能力拡大に取り組んでいないのなら、早速着手するべきではないだろうか。