自尊心はあくまで「結果」にすぎない

しかし、この大規模な研究プロジェクトは思いもよらぬ結果に終わりました。自尊心が高まれば、子どもたちを社会的なリスクから遠ざけることができるという有力な科学的根拠は、ほとんど示されなかったのです。

それどころか、著名な心理学者であるフロリダ州立大学のバウマイスター教授らが過去の研究をまとめた丁寧なサーベイによって、「自尊心が高まると学力が高まる」というそれまでの定説は覆されました。

バウマイスター教授らは、自尊心と学力の関係はあくまで相関関係にすぎず、因果関係は逆である、つまり学力が高いという「原因」が、自尊心が高いという「結果」をもたらしているのだと結論づけたのです。

また、別の大規模な高校生の追跡調査に基づく研究でも、学力の高い子どもの自尊心が結果として高くなっているだけであることが示されています。

自尊心を高める取り組みは逆効果かもしれない

この研究では、高校1年のときに成績がよかった生徒が高校3年になったときに自尊心が高かったことは示されました。しかし、逆に高校1年のときに自尊心が高かった生徒は、高校3年になったときに成績がよかったかというと、そのような結果はみられなかったのです。

一連のこうした研究を受けて、バウマイスター教授らは、子どもの自尊心を高めるようなさまざまな取り組みは、学力を押し上げないばかりか、ときに学力を押し下げる効果を持つ、と警鐘を鳴らしました。

これに加えて、バージニア連邦大学のフォーサイス教授らが行った実験も、バウマイスター教授の主張を裏づける、大変興味深いものでした。

フォーサイス教授らは、自分の授業の履修者のうち、最初の試験で成績の悪かった学生たちをランダムに2つのグループにわけ、毎週、メールで別のメッセージを送りました。

ひとつ目のグループ(=処置群)には、宿題にかんする連絡とともに(「あなたはやればできる」というような)自尊心を高めるようなメッセージを送りました。一方、残りのグループ(=対照群)には自尊心を高めるようなメッセージは送らず、かわりに宿題に関する事務的な連絡や、個人の管理能力や責任感の重要性を説くメッセージを送りました(図表3)。

「学力」の経済学』(ディスカヴァー携書)より