最も過酷な作業は床をバールで壊し、泥をかき出す

そんな家の片付けをしなければいけません。これが想像を絶する過酷な作業でした。ほとんどの戸建てでは、台所やお風呂、トイレといった水回りは1階に配置されていると思います。

汚泥が家の中に入り込んでいるので、まずは家財を全て戸外に運び出し、畳や板の床をバールで壊し、ひき剥がします。そして床下の汚泥をスコップで運び出します。床下に汚水や汚泥が残っていると、雑菌や白蟻などの害虫が繁殖し、湿気で柱が腐食するからです。

土壁のお宅では、乾かして泥を穿ほじくり出す作業が延々と続きます。高圧洗浄車を手配し、屋根や外壁、柱の汚泥を除去してもらいます。湿気を取り除くため、どの家も窓を開けっぱなしで作業を行い、夜は避難所や仮設住宅に戻って寝ます。

夏の洪水です。台所の食品は泡を吹き、壁紙や絵画にカビが生えていきました。ものすごいニオイです。仏壇から位牌と数珠を取り出そうとしましたが、水で膨らんだ小棚が開きません。結局、他県で暮らす成人した息子が戻ってきたときに、息子が鉄のバールで仏壇を壊してくれ、ようやく開けることができました。畳は水を含み、男性6人で1枚の畳を外に出すのがやっとでした。

幼少期の写真は溶けてなくなってしまった

水を含んだ木製家具、机や椅子が日に日に膨らんでいきました。細かい粒子を含む汚泥が入り込んだ家電は危険なので廃棄しなければいけません。自分たちの家財が、災害ゴミとなって道路を埋め尽くしました。乾いた汚泥が砂埃となって、いつも空中をさまよい、霞んでいました。何かわからない臭いが長期間続き、マスクなしで片付け作業はできません。しかし、洗おうにも水道は流れず、停電しているので異常な暑さの中の片付けです。

婚礼ダンスの中の着物を出してみると、一瞬泥などがついていなくて大丈夫だと思ったのですがあっという間にどんどん色が抜けていきます。そして、後回しにした思い出のアルバムの写真は濡れた写真同士がくっつき、カビが生えていました。

写真洗浄について知識がなかったため、早期の処置ができず、私の生後1カ月から幼稚園児だったころの白黒写真が失われてしまいました。母が私を抱っこしている写真が溶けてなくなってしまう。これがもう私が一番つらかったことです。

写真=著者提供
ボロボロになってしまった昔の写真(出所=『今すぐ逃げて!人ごとではない自然災害』)