「曖昧戦略」を簡単に転換してはいけない

筆者の知る限り、トランプ氏が過去に「米国による台湾防衛」の可能性について言及したことは一度もない。あれだけ饒舌なトランプ氏が一言も喋らないのに対し、現職のバイデン大統領が、失言か、意図的か、認知症によるものかは別として、何度も「台湾を防衛する」と公言していることとはあまりに対照的である。

宮家邦彦『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』(PHP新書)

筆者がこの点にこだわるのは、台湾有事の際の米国の行動の有無およびその態様は、日本の国家安全保障を左右する重要な要素だからだ。その意味でも、トランプ氏が、少なくともこの問題の微妙かつ流動的な本質を正確に理解するか否かは、将来のインド太平洋地域の同盟ネットワークの将来を左右しかねない大問題だと考える。

最後に、筆者の見立てを書いておく。巷には「有事となれば、トランプ氏は台湾を見捨てる」といった悲観論もあるが、こればかりは起きてみないとわからない。いまはトランプ氏に以下の論点を正しく理解してもらい、台湾有事の際に間違った判断を下さないよう祈るしかない。それにしても、こんなややこしい説明をトランプ氏は理解できるだろうか。

曖昧さによる抑止はこれまでそれなりに機能してきた

・米国が曖昧戦略を一方的に放棄すれば、1972年の米中国交正常化および日中国交正常化の前提、すなわち日米中は「台湾問題」の最終的解決を急がないという暗黙の了解そのものを否定する。これに対し中国は、台湾問題を平和的に解決するとの約束を公然と反故にする口実を得るため、台湾の安全はむしろ害されることになる。

・逆に、米国が台湾を防衛しなければ、東アジアの同盟国からの信頼は失われる。他方、同盟国側は米国に代わって台湾を防衛する義務まで負う気はない。米国の戦略的曖昧さが続く限り、同盟国が台湾問題に巻き込まれる可能性は低いので、米国の曖昧戦略は同盟国にとっても利益となっている。

・曖昧さによる抑止はこれまでそれなりに機能してきた。仮にこの戦略を転換するなら、曖昧戦略に代わる新たな台湾「抑止」メカニズムを、中国側の了解を得たうえで構築しなければならない。新たな抑止メカニズムを欠くいかなる政策変更も成功せず、逆に米国は台湾防衛という実行困難な「レッドライン」の罠にはまることになる。

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