ドナルド・トランプ氏と安倍晋三氏は良好な関係にあった。それはなぜか。元外交官の宮家邦彦さんは「首相と大統領だけで日米外交を仕切ることは不可能だ。外交がスムーズに進むためには、首脳同士の相性だけでなく、事務方レベルの能力と相互信頼が最も重要だ」という――。

※本稿は、宮家邦彦『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

2019年12月、トランプ米大統領(左)と安倍首相
写真=共同通信社
2019年12月、トランプ米大統領(左)と安倍首相

トランプ氏の「シンゾー」に対する惜別の辞

「安倍氏がどれだけ素晴らしい人物、かつリーダーであったかは歴史が教えてくれるだろう。彼は、他に類を見ない一体感をもたらす人であり、何よりも彼の偉大な国である日本を愛し、守り、育てた男だった。彼のような人は二度と現れないだろう」
(ドナルド・トランプ、SNS投稿、2022年7月8日)

「安倍元首相は私の友人であり、同盟相手で、素晴らしい愛国者だった。彼は平和と自由、そして米国と日本のかけがえのない絆のために力を尽くすことを惜しまなかった」
(同SNS投稿、同日の遊説演説での冒頭発言)

冒頭の安倍元首相に対するトランプ氏の惜別の辞をじっくり読んでほしい。短文ながら、まさに手放しの評価、トランプ氏の「シンゾー」に対する個人的心情が吐露されている。トランプ氏がここまで絶賛する外国の要人は他にあまりいないだろう。失礼ながら、トランプ氏のSNS投稿には胡散臭いものも少なくないが、これだけは「本物だ」と直感する。

G7(主要7カ国)諸国の友人からは「なぜ安倍元首相はトランプ氏と関係が良いのか? 秘密を教えてほしい」とよく聞かれたものだが、筆者の答えはいつも同じだった。「安倍さんの個人的な人柄だよ。彼はトランプ氏のような気難しい政治家の懐にも飛び込んでいける天性の『人たらし』なんだから!」と。

「米国を守る」と言えなければならなかった

しかし、人柄やゴルフだけではトランプ氏を制御することなどできない。あの「アメリカ・ファースト」の大統領を黙らせるには、日本も同盟国として「米国を守る」と言えなければならない。それを可能にしたのが2015年の安全保障法制と憲法解釈変更だった。トランプ氏の当選は翌年だ。幸いにも、安倍元首相の努力はぎりぎりで間に合ったのである。

そうは言っても、首相と大統領だけで日米外交を仕切ることは不可能。とくに相手がトランプ氏であれば、なおさらだ。筆者の個人的経験でも、外交がスムーズに進むためには、首脳同士の相性だけでなく、事務方レベルの能力と相互信頼が最も重要だと思う。ここではトランプ政権で対アジア政策を仕切った功労者のなかから一人を挙げ、その重要性を説明したい。

その高官とは、マット・ポッティンジャー国家安全保障担当大統領副補佐官(当時)。1990年代後半から2000年代前半にかけて、ロイター通信と『ウォール・ストリート・ジャーナル』の記者として中国に駐在。2007年から2010年までは海兵隊員としてイラクとアフガニスタンに計3回派遣された異色の経歴の持ち主である。