ボルトン・谷内協議の内容

ところが、ボルトン回顧録は別格だ。全584ページで日本への言及は153回、安倍晋三首相が157回もある。さらに、当時の谷内正太郎・日本版NSC局長への言及も21回に上った。一昔前の日米関係を知る者にとっては信じ難い回顧録である。

この暴露本によれば、ボルトン・ヤチ(谷内)協議はボルトン補佐官在任中、節目節目で頻繁に行なわれた。とくに、対朝鮮半島、イラン政策に関し、日米間でこれほど密接、率直かつ建設的な協議や意見交換が継続的に行なわれていたとは知らなかった。続いて、この二人が米朝首脳会談などについて行なった協議の内容を見ていこう。

・2018年4月12日午前、自分(ボルトン、以下同じ)は韓国の鄭義溶国家安全保障室長と会ったあと、ヤチNSC局長とも協議した。日本の立場をできるだけ早く伝えたいと前置きしたヤチは、「北朝鮮の核兵器開発の決意は固く、いまは平和的解決の最後のチャンスだ」と言う。韓国とは180度異なる、つまり自分に近い考えを伝えてきた。日本は(北朝鮮が提案する)「段階的な対応」も望んでいなかった。

・ヤチは、米朝協議開始直後に核兵器廃棄を始め、2年以内に終了すべしと言ってきた。自分は廃棄なら6〜9カ月で済むと伝えたが、ヤチはただ笑っていた。ところが、その翌週にフロリダで日米首脳会談を実施した際、アベは6〜9カ月での廃棄を求めてきた。また、ヤチは日本にとって拉致問題がいかに重要であるかにも言及した。

・同年5月4日、鄭義溶室長と南北首脳会談の結果について3回目の協議を行なった。同日、日本のヤチも南北首脳会談について議論しにやってきた。これは日本がプロセス全体をいかに詳しくフォローしているかを示すものだ。ヤチは韓国の「多幸感」と、北朝鮮の伝統的な「段階的アプローチ」に米側が惑わされないよう求めた。

・5月24日、(トランプが「6月12日の米朝首脳会談を〈いったん〉中止する」旨を述べたあと)、鄭義溶室長が自分に電話で「キャンセルは文大統領にとって政治的に大きな打撃だ」と伝えてきた。これに対し、日本のヤチは「シンガポール(の第1回米朝首脳会談)がキャンセルされて大いにほっとした」と伝えてきた。

宮家邦彦『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』(PHP新書)
宮家邦彦『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』(PHP新書)

・6月5日、(韓国大統領が6月12日にシンガポールまで来たがっていること、トランプが戦争終結宣言への関心をいまだ捨てないことについてトランプと議論した際)戦争終結宣言という譲歩について、とくに日本が困惑することは知っていたので、同日午後ワシントンにやってくるヤチがこれについてなんと言うか、早く話を聞きたかった。

・6月13日、シンガポールからワシントンに戻った。トランプの「北朝鮮の核の脅威はもうない」と綴ったツイートの発出は止められなかった。翌日、ヤチと話した。日本は明らかに、米側が何を北朝鮮に与え、その見返りに何を得たかにつき懸念していた。

・7月20日、ヤチと電話連絡した(マイク・ポンペイオ国務長官が7月6日から訪朝した際、北朝鮮は「非核化の前」に「安全の保証」を求め、「検証」は「非核化の後」だと主張した。これに対し米側は「北朝鮮が核兵器をどこかに隠匿しており、廃棄する気などない」との結論に至った。議論は平行線に終わった)。この結論はまさに日本の考えでもあった……。