新聞協会はなぜ抗議しないのかと思ったら…

警察庁長官は国会答弁で、「特別監査をいれる」と釈明しましたが、身内の調査がどれほど大甘になるかは目に見えています。ましてや、相手はキャリア官僚です。私の知人の警察キャリアは、「一生で一回しか手錠をかけたことがない」と言っていました。それも部下が被疑者を制圧し、いつでも手錠が嵌められる段階になってから、「○○さん、手錠をどうぞ」という世界です。本部長に逆らえない警察官も大勢いることでしょう。しかし、まずは冷静に考えてみてください。これは公務員法違反に関わるような重大機密ではなく、野川本部長のキャリアにとってのみ不都合な真実であったことを通報されたにすぎないという事実なのです。

私自身、事件の取材の過程で得た資料が欲しくてやってきた警察官に対して、資料の拠出を断ると、「家宅捜査礼状を出しますよ」と脅された経験があります。また、脱北者を日本に連れてきて、講演をさせたときは、警察から「ホテルを教えてくれ、その廊下の警備をしたい」と言ってきました。もちろん、このときも断りました。われわれの手で十分に警備できる自信があったのと、警察に接触されると何をされるかわからないという疑いの念があったからです。

写真=iStock.com/Oleg Elkov
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なぜ、新聞協会は今回の事件で抗議しないのかと思っていたら、案の定、読売新聞にこんな記事がでました。コメントしているのは、なんと警察大学校の元校長の田村正博・京都産業大教授(警察行政法)。

6月18日付のこの記事には「県警の最高幹部だった前生活安全部長が重要な個人情報を意図的に漏えいした事実は深刻な問題だ。警察への不信感が高まっており、県警には徹底的な調査と説明責任が求められる。警察庁や公安委員会の対応も重要だ」というふうに、情報を漏洩したことのみに論点をすりかえる意図をもって書かれており、情報源を特定して、ジャーナリストに対して家宅捜査したことなど問題にもしていない記事になっています。

さすがに、最近になって朝日新聞、毎日新聞などが社説などで取り上げていますが、新聞界全体の動きにはなっていません。しかし、小さな積み重ねが大きな言論弾圧につながってゆきます。一番心配なことは、この暴挙には裁判官も加担しているという事実です。裁判所から家宅捜査礼状がでたということは、裁判所も本田・元警視正が機密を漏洩したという見方をして、その証拠を確定するためにジャーナリストへの家宅捜索令状の発行を認めたことになるのです。これは、重大な意味をもちます。裁判所は警察以上にこの問題に神経を配るべき組織だからです。

のちに検事総長となる松尾邦弘・法務省刑事局長は、取材源の秘匿について「大変重要なこと」「最大限尊重する」と国会で答弁し、捜査にあたって「そういう重要性も当然念頭に置きまして、それを最大限尊重するような運用をする」と約束し、したがって、「報道機関が取材の過程で行っている通信につきましては、基本的には通信傍受の対象としない」と明言しています。今回、はたして裁判所は、こういう前例を調べて令状をだしたのでしょうか。