一戦必勝のトーナメントでの「逆算の美学」

夏の横浜との決勝戦、2点ビハインドの終盤に、森林監督が「こういう試合を勝ってこそ、日本一になれるんだぞ」と声をかけていた。追い込まれた状況を自分たちの力でひっくり返すイメージを、チーム全員で共有し、物語を作っていく。9回表、渡邉千之亮(慶應義塾大)に劇的な逆転3ランが生まれ、日本一の挑戦権を得た。

甲子園に行く前の取材では、「まだ何も成し遂げていない」と語っていた主将の大村昊澄(慶應義塾大)。見据える場所が明確だったからこそ、気持ちの緩みはまったくなかった。

森林監督の采配も常に、甲子園の決勝を見据えていた。

神奈川大会では夏の炎天下での野手陣の負担も考えて、3回戦で丸田と正捕手の渡辺憩(慶應義塾大)を休ませたことがあった。相手との力関係を見てのことだが、「負けたら終わり」のトーナメントではなかなかできないことだ。

「『一戦必勝』と『上を見ながら戦うこと』の両方を、自分なりにはやったつもりです。終わってみて思うことは、一戦必勝だけでは日本一にはなれない。かっこよく言えば、“逆算の美学”も必要です」

投手起用ひとつとっても、甲子園の初戦から決勝まで誰を先発させて、次は誰を投入して……というプランをあらかじめ立てていた。そのすべてが計算通りにいったわけではないが、プランがあったからこそ、小宅雅己、松井喜一(慶應義塾大)、鈴木佳門を中心とした投手陣の負担を分散しながら、決勝まで戦い抜くことができた。

「たかが甲子園、されど甲子園」

2023年8月23日、初めて立った全国の頂点。日本一の景色は、森林監督の目にどのように映ったのか。

写真=共同通信社
107年ぶり2度目の優勝を決め、観客席にあいさつする慶応の森林貴彦監督=2023年8月23日、甲子園球場

「今までの延長線上とはまったく違う、“とんでもない景色”ということはなかったですね。頂点がエベレストだとすれば、エベレストに標高が近い山でトレーニングを積んで、準備をしてきたので。決勝自体も気持ちがフワフワして、全然覚えていないとか、優勝したあとも舞い上がってどうしようもない、ということもありません。それは、これで終わりじゃない、ここが人生のピークではないと思っていることとつながっていると思います。だから、あまり特別な景色にしたくないというのが本音です。甲子園は素晴らしい舞台に間違いありませんが、“たかが甲子園、されど甲子園”と、冷静に見るようには意識しています」