大谷翔平の母校・花巻東(岩手)の佐々木洋監督は、岩手出身者だけで甲子園で優勝するため、球児に一見野球とは関係のないあることを説いた。それは花巻東だけでなく、東北全体に波及し、2022年夏の仙台育英(宮城)の優勝にもつながっているという。フリーライターの田澤健一郎さんの著書『104度目の正直 甲子園優勝旗はいかにして白河の関を越えたか』(KADOKAWA)より一部を紹介しよう――。
阪神甲子園球場
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岩手出身選手のみで日本一を目指す花巻東

「菊池雄星がエースの花巻東が甲子園優勝に限りなく近づいた。岩手の選手たちだけであそこまで勝ててから、東北の子どもたちの意識が変わった気がします。仙台育英や東北の準優勝とは何か違うきっかけになったというか」

八戸学院光星(青森)の監督、仲井宗基に、東北勢の強化が加速した時期、きっかけを訊ねたときの言葉である。

2000年代以降、強化が進んだ東北勢の中でも、花巻東(岩手)は異質の存在である。

近年に限らず東北勢の躍進には、指導者なり、野球留学生という選手の存在なり、「外の血」の刺激が果たした役割が大きかった。しかし、花巻東が掲げるスローガンは「岩手から日本一」。岩手出身の選手だけで甲子園優勝を成し遂げることを目指している。

「外の血」を入れなくても東北のコンプレックスは克服できる

「東北出身者のみ」どころか、岩手一県の出身選手のみでの挑戦。それは現代の高校野球において、東北に限らず、全国的にも珍しいスタイルだ。実際、過去10年の春夏甲子園優勝校の中で、同一県出身者のみという選手構成で優勝したチームは皆無。まして、そのスローガンを掲げたのは、東北勢の甲子園優勝がまだない時代である。

花巻東は私立校。選手を全国から集めるハードルは公立校に比べれば低い。蛮勇ともいえる挑戦だったが、それでも2009(平成21)年春はセンバツ準優勝、夏は甲子園ベスト4と、その実現の一歩手前まで迫った。そして、大谷翔平という世界最高峰のプレーヤーをも生み出している。

長年、指摘されている東北人の前に出ない性質や、弱いと指摘され続けたことなどを背景にした「全国で勝てない」というコンプレックス。それを東北の強豪校の多くは、意図的に、あるいは結果的に「外の血」の刺激によって克服しようとしてきた。しかし、花巻東の結果は、それがなくても克服可能であることを教えてくれる。いったい花巻東の何が東北人の心を変えるのだろうか?