「政治的分断の道具」として利用されることもあった

パプア地方の民族主義者は、ずっと以前から自分たちをインドネシア人とは異なる人種であると主張するときに、見えない分割線の概念を援用した。

マキシム・サムソン著『世界は「見えない境界線」でできている』(かんき出版)

過去にはオランダとポルトガルの植民地支配者がこの地域の領有権を主張するときに、それぞれが引用している。

優生学を公然と批判したウォレスは、自分の提唱した生物地理学上の概念が政治的分断の道具として利用されることに不快感を抱いたはずだ。これこそ、境界線の持つ力の一例である。

たとえ、もともとの境界が形態の差異に基づいて、現実的な経験に裏づけされていても、その単純さゆえに、自分を例外的存在と見なし、それを正当化しようとする者には利用しやすいのだ。

このように、別のものと見なされる集団や場所を空間的に分割するために、想像上の見えない線が、少なくとも科学的な事実と甲乙つけがたいほど多くある。

とはいえウォレス線のように、地球の活動を理解するために役立つ線も数多く存在する。

もしかしたらそれは、地球上でもごく限定された特殊な場所でだけ通用するのかもしれないが、そうした場所でも偏見が入りこむのを防げない。難しいのは、私たちがすでにその場所について知っていることと科学が教えてくれることのもつれを解きほぐすことなのだ。

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