では、実例に沿って考えてみよう。

「黒沢君はかっこよかった」

このような文言が唐突に書かれたとしよう。これはほとんどの人に伝わらない。なぜなら、読む人にとって黒沢君は知らない人だからだ。けれども、僕自身は黒沢君のことをよく知っている。だから読む人のことなど知ったことかとみんな知っているという前提で黒沢君のことを書く、それが内輪感のある文章だ。

これが誰もが知っている有名人などを題材にした場合はそうではない。けれども、僕が唐突に取り上げた「黒沢君」を知っている人はいない。むしろ「ああ、黒沢ね」とこの段階で知られていたら恐怖すら感じる。

多くの人はこのように内輪に向けた文章を書いてしまいがちだ。では、この内輪感を除去するにはどうしたらいいだろうか。

それは「前置き」を意識することだ。これによってそう苦労せずに排除することができる。十分すぎるほど前置きでの解説を置いて、本来は内輪である存在を内輪でなくす手法だ。

丁寧な解説が「人を惹きつける文章」の基礎になる

次のように記述する。

「黒沢君とは小学生時代にやってきた転校生だ」

こう前置きすることで、黒沢という人間が全く知らない誰かから「著者が小学生のときに転校してきた男」にアップデートされるわけだ。

ただし、これではまだ不十分だ。これでは黒沢という男のディテールがわかっただけなので読む人からしたら知らない誰かから知らない黒沢に変わっただけに過ぎない。

「夏の終わり。秋の訪れと共に転校生がやってきた。その転校生は黒沢と名乗った。黒板とは名ばかりで実際には緑色の板の前にたたずむ黒沢なる男は、名前のとおり、正真正銘、本物の漆黒と言わんばかりの革製の黒色ランドセルを背負っていて、少し俯き加減にぶっきらぼうに自己紹介をした。それはなんだか、とてもかっこよく見えた」

著者が小学生時代に転校生としてやってきた黒沢という男、それは名前と同じく黒いランドセルを背負ったかっこいい男だった。少なくとも著者はその佇まいに憧れめいたものを感じていた、とわかってもらえるのだ。

写真=iStock.com/FreshSplash
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ディテール、筆者の主観、登場人物との関係性…

さらに、読む人を惹きつけるため、なぜそう感じたのかの説明を加える。

「僕の育った街にはランドセルが存在しなかった。おそらくではあるけれども、貧しい街だったことが起因していると思う。高価であり、とかく貧富の差が表れやすいランドセルではなく、皆が一様に学校指定の安っぽいナイロンのナップサックを使用することと決まっていた。だから、ランドセルなんてものはテレビの中で出てくる存在でしかなかった。異世界の物体だった。そんな事情もあって、その黒々しい革製のランドセルにどこか憧れを抱いていたのだと思う。都会めいた何かを感じていたのだろう。だから、黒沢君が持っていたランドセルは、とにかくかっこよく見えたのだ」

こう記述することで、黒沢の説明からナチュラルに自分自身が抱いていた感情を記述でき、著者と黒沢の関係性を理解しやすくなる。それはもう知らない二人の話ではなく、知っている二人となる。これが内輪感の除去だ。