論争を呼んだカバーのデザイン

しかし、フエンテス、バルガス=リョサとコルタサルが絶賛していたうえに〔いずれもラテンアメリカ文学の重鎮〕、ポルーア〔担当編集者〕もこの作品は売れると直感したので、出版社は賭けてみることにした。そこで発行部数を5000部に変更したが、書店の要望に応えて、印刷にとりかかる2週間前に8000部まで増やした。出版社はうまくいけば半年で売り切れると踏んでいた。

1週間後に1800部が売れ、事実上無名の作家のラテンアメリカ小説としては異例の業績を挙げ、ベストセラーリストの第3位に入った。2週めの終わりまでにブエノスアイレスだけでその数字が3倍となり、第1位に躍り出て、初版の8000部ではとうてい足りないことが判明した。

友人のビセンテ・ローホ〔スペイン出身でメキシコで活躍したアーティスト〕はあの小説の原稿を自分の友人たちのいるメキシコのエラ社に売らなかったコロンビア人〔ガルシア=マルケスのこと〕に対して腹を立てていた。そんなローホをなだめようと、彼はカバー・デザインを依頼した。

ローホはこの小説の混沌としたさまざまな要素と、大衆向けでもある雰囲気を伝えようと知恵を絞って懸命に制作した。

タイトルにあるSOLEDAD[訳註 孤独の意]の真ん中のEの文字を逆Eにしたことは、やがて文芸批評家たちからもっとも難解で秘教的な理論を引き出し、グアヤキル[エクアドル最大の都市]の書店主に抗議の手紙を書かせるに至る。手紙には、届いた本の表紙に誤植があり、お客様が当惑しないよう手書きで訂正しなければならなかったと綴られていた。

画像提供=新潮社
現在は数千ドルで取引されている初版のデザイン(左)。右は第二版以降のデザイン。SOLEDAD(=孤独)の真ん中のEの文字を左右反転している。

無名作家から一夜にしてベストセラー作家に

結局ローホの表紙デザインを用いた版は100万部以上売れ、ラテンアメリカ文化の象徴となった。しかし、このデザインは印刷が間に合わなかったので、初版では使われていない。

初版の表紙はスダメリカーナ社のデザイナーであるイリス・パガーノが担当し、灰色の背景に青みがかったジャングルに浮かぶ青みがかったガレオン船が描かれ、船体の下にオレンジ色の花が三輪あしらわれている。

のちにコレクターたちが取引するために探しまわるのは、メキシコを代表する芸術家のひとりがデザインした、はるかに洗練された版ではなく、初版本のほうだった。6月、9月、12月にローホによる表紙デザインの第2、第3、第4版が立て続けに出て、発行部数は2万部に達したが、これはラテンアメリカの出版史上空前の現象だった。

ガルシア=マルケスはおそらく自分の名声がどこまで高まるのか知らなかっただろうが、その頃になるとなんとなく感じていたにちがいない。

彼とメルセーデスはメキシコ市に戻ると、いろいろな計画を立てて、本気で身辺整理をはじめた。二人はようやく手に入れた自由を満喫しようと考えていた。思いがけず有名人になり、経済的にも安定するはずなので、ガルシア=マルケスはメキシコを離れスペインへ移ることにした。彼は何かに急き立てられるような気持ちになっていた。