お金になるものはなんでも売った

それまで妻で母親で主婦だったメルセーデスは、今では受付、秘書、そしてビジネス・マネジャーの仕事をこなしていた。そのような状態がいつまでも続くことになると彼女はほとんど気づいていなかった。ただ、こうした変化から生まれた新作小説が、ただちにドラマティックな形で一家に恩恵をもたらすことになる。

メルセーデスは家族の生活を支えるために策を講じて戦っていた。1966年はじめには、それまでとっておいたお金が底をついた。夫である作家は、以前のようにデッド・ロックに乗り上げて動けなくなることもなく小説はどんどん膨れ上がり、それはその年の終わりまで続くものと思われた。

ガルシア=マルケスはついにタクバーヤにある中古車専門店へ白いオペルを持っていき、かなりの額のお金を手にして戻った。以後、夫妻の友人たちは一家の送り迎えをする羽目になった。

電話を手放そうとさえ考えた。節約のためであったが、それだけでなく電話をして友人たちと際限なく話す、彼にはいちばんの気晴らしを控えようとしたのだ。車を売って手に入れたお金が尽きると、メルセーデスはテレビ、冷蔵庫、ラジオ、宝飾品といった家にあるものを手当たり次第に質に入れはじめた。

原稿を送るお金すらない

8月はじめ、先の手紙を書いた2週間後に、ガルシア=マルケスはメルセーデスと一緒にできあがった原稿をブエノスアイレスへ送るために郵便局へ行った。2人は大災害の生存者のようだった。

小包にはタイプライターで清書した490枚の草稿が入っていた。窓口係が「82ペソです」と言った。メルセーデスが財布の中を探っている様子を、ガルシア=マルケスはじっと見つめていた。2人は50ペソしか持っておらず、原稿は半分ほどしか送ることができなかった。

ガルシア=マルケスは送料が50ペソぎりぎりになるまで、カウンターの向こうにいる窓口係にベーコンをスライスするように原稿を一枚一枚はずしてもらった。

2人は家に取って返すと、電気ストーブ、ヘアドライヤー、それにミキサーを質に入れ、郵便局に戻って残りの原稿を送った。郵便局を出たところで、メルセーデスは足を止めて夫のほうに向き直った。

「ねえ、ガボ〔編注 ガルシア=マルケスの愛称〕、これであとはあの小説がダメ出しされるのを待つだけね」

百年の孤独』は1967年5月30日に刊行された。本は352ページで、価格は650ペソ(約2ドル)だった。当初はふつうの作品と同じように3000部刷る予定だった。ラテンアメリカ諸国の基準からすれば多いほうだが、アルゼンチンでは標準だった。

コロンビアの作家ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』(文庫版)を手にする書店員=2024年6月26日、東京・紀伊國屋書店本店
写真=EPA/時事通信フォト
コロンビアの作家ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』(文庫版)を手にする書店員=2024年6月26日、東京・紀伊國屋書店本店