ボストンマラソンのテロなど、かつては背景に政治・宗教があった

2017年英国マンチェスター・アリーナでのアリアナ・グランデのコンサートでの無差別爆弾テロの犯人も、イギリス出身のホームグロウンであり、ローンオフェンダーであった。ファンの8歳少女を含む22人が死亡し、120人以上が負傷した。84人が死亡した2016年のフランス、ニース・トラックテロ事件、死傷者304人を出した2013年の米国ボストンマラソン爆弾テロ事件など、このころ発生した世界各国のテロリズムの主流は、イスラム原理主義に共鳴した若者たちによる犯行であった。

つまり当時は、イスラム教徒の若者がそれぞれの生活している欧米各国において孤立化し、過激化(ラディカリゼーション)するというパターンが一般的であった。つまり、かつてテロリズムを実行する個人には、テロを実行する政治的目的があり、社会的に孤立化する環境があり、過激化する原因が存在したのである。しかしながら、その後、2020年代に入り、こうした特徴をもつテロリズムは影を潜めた。

2020年代に入って起きた一般人によるテロは動機が分からない

現在のテロリズムの特徴は、犯人の動機の不明確さである。日本においても、安倍晋三元首相銃撃事件の翌年に起こった岸田文雄首相襲撃事件の容疑者には、手製の爆弾を使って首相を暗殺するだけの明確な動機が見当たらない。現在においても容疑者は完全黙秘を貫いており、公判手続きも進んでいない状況である。また、警察の捜査等においても、直接的な動機や手掛かりとなるような情報はほとんど見つかっていない。社会的に孤立していたかもしれないが、過激化した形跡は見当たらないのである。

それは今回のトランプ前大統領銃撃事件においても同様である。すでにクルックス容疑者は警察のスナイパーにより射殺されているため、直接の動機を語ることはできないが、FBIの捜査発表などによっても、トランプ前大統領を暗殺しようとする明確な動機、きっかけにつながるような情報は、容疑者のパソコンやスマホ、日常生活の中からは明らかになっていない。

写真提供=© Artem Priakhin/SOPA Images via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ
2024年7月14日、米ペンシルベニア州バトラーで開催された集会で耳を撃たれたドナルド・トランプ前米大統領。