定年トレーダーはNG国債や投信で積み立て

やってはいけないことの3つめは、「リスクの高い資産運用」だ。物価高の今、資産運用も考えたいところだが、かといっていきなり慣れない投資に手を出すのはNG。投資経験がない人が「定年トレーダーデビュー」して失敗するケースは多いという。

「Cさんは3000万円の退職金を増やそうと、投資経験がないままFXと株式投資に手を出して大失敗してしまいました。外貨投資と日本株投資をすればリスクヘッジができると考えて、300万円を元手にFXでレバレッジをかけて8倍の取引を行い、残りのお金で日本株に投資を行ったのです。しかしその後に起きた東日本大震災によって、日本株が大幅に下落。2500万円ほどの資産が200万円ほどになり、それに耐えきれずに売却して大きな損を出してしまったのです。さらに円高によってFXでも損が出て、結局3000万円の退職金が500万円まで目減りしました」

退職金を受け取ったら、すぐに何かをしようとは思わずに、まずは1年間、じっくり勉強することから始めよう。その間は預貯金や個人向け国債などの安定的な資産に置いておくのがおすすめだという。

「個人向け国債(変動10年)なら、変動金利なので、市場金利が上がっていけば、それに連動して金利が上がっていくため、細かなチェックも不要です」

50代や60代からでも投資を始めるのは決して遅くないが、「失敗したときのリスクを想定する必要がある」と山中氏は注意を促す。

「現役時代なら、投資で失敗してもボーナスや給料でリカバリーもできますが、50~60代からは難しくなります。そのため、いきなり大きなお金での投資は避けて、投資先や購入時期を分散させるために、投資信託を少しずつ積み立てていくのがよいでしょう。いま55歳だとしたら、20年後の自分=75歳の自分にお小遣いを渡すようなイメージで積み立てていくのです」

投資信託を積み立てる際には、iDeCo(個人型確定拠出年金)やNISA(少額投資非課税制度)で行うのが効果的だ。利益が出ても約20%の税金がかからないメリットがあり、さらにiDeCoなら、収入がある人なら掛金が全額所得控除になるという恩恵も受けられる。

「60歳以降でiDeCoを始めるなら、運用効果よりも、所得控除の効果を重視して、債券などリスクがある程度低い商品を選ぶとよいと思います」

定年前後でやってはいけないことの4つめとして、山中氏は住宅ローンを退職金で完済することを挙げる。

「退職金で住宅ローンを完済してしまえば確かにすっきりするのですが、老後を支える大事な生活費を失うことにもなります。定年後の長い時間を生きていくうえで、手持ちの現金は何よりも大事。そもそも繰り上げ返済は、返済期間の残りが長ければ利息の軽減効果が高く価値がありますが、残り年数が少なければ、そこまでメリットはありません。退職金はできるだけ温存しておいたほうがいいでしょう」

お金がすべてではない家族や趣味も大切に

5つめは、定年後の生活が不安だからといって、65歳より早めに受け取る「年金の繰り上げ受給」だ。前述したように60歳まで早めると24%も減額されるうえ、一度受け取り始めてしまうと「やっぱり65歳からにしたい」などの修正はできない。

「重い障害を負った場合、障害年金の受給ができなくなることもデメリット。通常、障害年金は繰り上げ受給の年金よりも金額が大きいのですが、その権利を失ってしまうのです。60歳から働くこともできず、生活費がないといった特別な事情がある場合を除き、年金受給の時期を遅らせて、受給額を増やしたほうが賢明でしょう」

最後は、「親の介護のための離職」。定年前の50代は、親が突然倒れ、要支援・要介護になる可能性があるため、心得ておきたいポイントだ。

「親の面倒を見るために会社を退職して実家に帰ることは絶対に避けてください。実家の近所で働ける場があると思ったとしても、満足できる仕事が見つからなかったり、以前と同等の給料がもらえなかったりして、生活が厳しくなるのが実情です。無職のまま親の年金で食いつなぎ、親が亡くなった後に再就職するのも、年齢的に難しいかもしれません。親の介護が発生したときは、上司や同僚に相談して、まずは仕事と介護の両立を目指しましょう」

ここまで定年前後のお金について話してきたが、最後に「老後の生活はお金がすべてという単純な話ではない」と山中氏は指摘する。

「老後は、毎日かかわっていた仕事や職場の人間関係がなくなるわけですから、家族や地域の人とのつながりも大きな影響をあたえます。老後を豊かに過ごせるかどうかは、家族や地域のつながり、個人的な趣味などが非常に大切ではないでしょうか」

老後への準備が早ければ早いほど、やってはいけないことを避けられ、やるべきことに着手できるようになる。有意義な老後を送るために、できることから始めてみよう。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年7月19日号)の一部を再編集したものです。

(文=西山美紀)
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