母よりもまずは自分自身のケアを

【菅野】そうですね。ただ、私は機能不全家族で育ったせいか、この社会そのものが砂漠のように生きづらく感じるんです。それを支えてくれたのが母であったわけですよね。そんな母親とのつながりを失うと、社会から孤立化してしまうという問題もあるのではないでしょうか。

【斎藤】そこはやはり、人で埋めるしかない。「人型の穴」ですから人で埋めるしか方法がないのです。代償行為、つまり別の満足で置き換えるわけです。

私がよく言うのは、「パートナー」です。女性でも男性でもいいですが、自分がケアするに足るパートナーを見つけて、それに置き換えていく。

【菅野】置き換えるというのは、どのようなことでしょうか。

【斎藤】ケアの情熱をパートナーに向けていくということです。それで罪悪感が払拭できるとは限りませんが、バランスは取りやすくなるかもしれません。

【菅野】なるほど。私自身、昔から犬や猫を飼っていまして、日々彼らに助けられています。いまも超高齢猫がいて、歳も歳なので日々いろいろなことが起こります。だけど、そうやって猫をケアすることで、私自身が救われているのでしょうね。

この情熱を、今後の人生において、母に注がなくてよかったと思っています。私自身が壊れてしまいますから。

母と離れていちばん大きかったのは、そんなケアの意識を自分自身にも向けていこうと、ようやく感じられた点です。母より先に、まずは自分自身を大切にしなきゃと思うようになりました。今までそんなこと、思いもしなかったですから。

母に苦しむ多くの人に、同じような気づきがあればいいなと思っています。

撮影=大沢尚芳
菅野久美子氏。

「子どもが親の面倒見るのは当然」という家父長制の“残滓”

【斎藤】驚くのは、私と同じくらいの孫がいるような世代にも、いまだに「子どもが親の面倒見るのは当然」という古い価値観が生き残っているということです。やはり日本の社会にはまだ、家父長制の“残滓ざんし”が残っているのです。

高齢者や障害のある子どもの介護も、ひきこもりの世話も、家族が担うべきだという昔からある価値観がいま、いろいろな弊害を生んでしまっています。介護保険制度はそれなりの変化をもたらしたと思いますが、同じような変化をほかのいろいろな分野でも起こしていかなければならないのです。

そういう意味では、菅野さんが携わっている家族代行サービスは、その変化が生まれる一つのきっかけとなるかもしれません。

【菅野】そう言っていただけて嬉しいです。

著書『母を捨てる』は、幼少期から生きるか死ぬかの虐待にさらされた無力な少女が、大人になり、家族代行ビジネスの仕掛け人になるまでの奮闘の物語でもあるんです。

最近、いろいろなメディアで私が立ち上げに関わった家族代行サービスが取り上げられるようになっています。実際に依頼者も増えていますし、少しずつではありますが認知されるようになってきたと感じています。

自分が切実に必要としているサービスが世の中になくて、それをつくり出して一つのムーヴメントを起こすこと。それが母から虐待を受け、書き手となった私にとって、世の中にできる具体的な最善策だったんですよね。

【斎藤】ニーズは大いにあると思いますよ。特に、親を捨てられないで悩んでいる人にとっては、非常にありがたいサービスとなるでしょう。

菅野久美子『母を捨てる』(プレジデント社)

それを「親を捨てる」と言っていいのかはわかりませんが、親との関係を完全に遮断してほったらかしにするのではなく、積極的に代行サービスに委ねてもいいということを、もっと一般化していく必要があると思います。

自分が関わらなくても、お金さえ払えば家族代行サービスで家族の面倒を見てもらえるというのはとても大きな変化です。あとはためらいなく利用できるような価値観がもっと広がるといいと思います。

そういった点でも、菅野さんの『母を捨てる』はモデルケースになるでしょうし、その価値観を広げるうえで大きなインパクトになるのではないでしょうか。

(構成=岩佐陸生)
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