同僚のミスのフォローから垣間見た「本当の気配り」

旭酒造社長の桜井氏は、「お客様の側に立った少しずつの積み重ねが価値になっていくと思いますし、うちの社員たちにも、より積極的に経験を重ねることで学んでほしい」と話す。

京王プラザホテル社長の若林氏は、「価格とは最終的にはお客様が決めるものです」という。

「その料理やサービスに対して価格が高いと思えば、お客様はいらっしゃらない。桜井社長がおっしゃるように、手間と努力を惜しまずに物やサービスをつくりあげていくというわれわれの目標は、いつまでも変わらないと思いますね」

自社の精鋭たちを派遣する社長の桜井氏も、山口の本社で安穏としてはいなかった。所用で上京し、ホテルに泊まるのは日常のことだが、都心に来るとあらば、自社の従業員を気にかけずにおかない。たとえば、ご飯茶碗は左に、汁物は右に――という右利きを旨とする日本の食文化ひとつをとっても、ホテルパーソンのこまやかな気配りは実に行き届いている。

桜井氏いわく――。

「うちから留職している社員がお客様にお出しする料理の配置を少し誤って提供してしまった。そのとき、ホテルの方がさりげなくフォローして置き直してくださり、誤った本人が萎縮したりしないように、こまやかに目配りをしながらそっと教えてくださっていました。本当の気配り、おもてなしを体感しました」

撮影=ミヤジシンゴ
酒造りの現場だけでは得られないものがあった

濱渦氏は、「私はそれまで接客ということを全くしてこなかったので、ほかの人に比べてガチガチになっていたと思います」と語った。

酒造りとはまた別の世界のプロフェッショナルの真髄に、派遣される従業員だけではなく、社長もまた改めて触れることになった。

悔しさを隠し、アンチ獺祭の客を接客。すると帰り際に…

広報部門の支配人として、交換留職体験者たちのレポートやエピソードを見聞きする京王プラザホテルの杉浦氏は、旭酒造から派遣されていた1人の男性蔵人の例を明かした。

京王プラザホテル内の日本酒バー「天乃川」へ1人で訪れた男性宿泊客が、カウンター越しに接客スタッフに対し、彼が旭酒造から派遣されているとは知らず、「獺祭は機械で造っているから好きじゃないんだよね」と渋い顔をしたことがあった。

撮影=ミヤジシンゴ
日本酒バー「天乃川」。全国の日本酒がここで楽しめる

先述の脇園氏が出会った来店客もそうだが、獺祭はまたたく間に日本を代表する高級日本酒ブランドにのし上がったことから、画一的な大量生産がなされているというイメージに結びつき、判官びいきの裏返しにはなりやすい。

ホテルマンに徹した彼は、悔しい思いを表情には出さず、「そうでいらっしゃいましたか」と応じ、獺祭を勧めることを控えた。

獺祭の玄米である山田錦と、精米歩合45%、39%、23%と透明なケースに収めた現物をカウンターに置いてあり、客は手に取って見ることができるようにもなっている。客とスタッフとの会話も弾みやすい。