京王プラザホテルから派遣されたのは、ホテル内の和食レストラン「かがり」で唎酒師として日本酒のソムリエをしている、坂田圭一氏である。
受け入れる旭酒造にとっても、「ベテラン唎酒師として働いている方に山口の現場まで来て、ともに働きながら学んでいただけるのは、私どもにも、のちのちになって大きな武器になっていくと確信しました」と桜井氏はつづける。
ホテルの唎酒師が酒造りの現場で働き始めた
京王プラザホテルは客室はもちろん、レストランやバックヤードなど、ほとんどのエリアは一年を通して空調が快適に行き届いている。
だが、むろん、日本酒造りの現場はまるで異なる。
麹菌を増やすための蔵では、室温はおおむね40℃から42℃程度、高い場合は45℃ほどに設定し、湿度は50%から60%くらいになるように保たれるといい、己の身一つで仕事をするには難しい環境であると素人でもわかる。
その中で、腰をかがめたりしながら手作業で米を1粒ずつほぐしつづけなければならない。重い物を上げ下げする作業も多く、決して楽な仕事ではない。初心者の多くは、身体のあちこちが筋肉痛になり、熱中症にもなりやすい。
京王プラザホテルから派遣された唎酒師の坂田氏は、東京に戻って、「唎酒師として日本酒の知識があるのと、実際に酒造りを体験するのとでは、まったく違った」と驚きを語った。
現場で覆された「獺祭=機械化」という固定観念
社長の若林氏も、社員の雇用を守るという急場の目的以上の成果があったと実感する。
「旭酒造さんはオートメーション化が進んでいると思って山口に行ったら、いい意味で裏切られたそうです。データを大切にする一方で、人の触覚や視覚、嗅覚など五感を研ぎ澄まして、厳しく確認していることを身をもって知ることができた。精米から酒造り、最後の瓶詰めや出荷まで全部を実際に経験させていただいて、お酒を造る人の思いや情熱、真剣さに感銘を受けたそうです」
会長の桜井氏の自宅に、旭酒造の社員とともに招かれ、夫人の手作りのカレーライスをはじめ、手厚い家庭料理で和やかにもてなされたこともあった。胃袋と胸に沁みわたる一席であったろうことは想像に難くない。
「旭酒造ファン」と公言するようになった唎酒師の坂田氏は、京王プラザホテルで「獺祭」の伝道者ともなっている。
「いわば他流試合に行くことによって、それぞれが今日まで積み上げてきた価値を強みとして、なお経験を重ねて元の職場に戻ってくる。また違った目で自分の仕事を見られるようにもなると感じました」(若林氏)