「交換留職」がもたらした相乗効果

京王プラザホテル企画広報支配人の杉浦陽子氏は、自らも旭酒造の酒蔵をこまかに見学した経験から、「精米所から始まって、どこもかしこも、きれいに磨き上げられていて、本当に驚いて敬服しました」と話す。

「社長と従業員のみなさんの距離が近くて、毎日、朝礼が行われていました」(杉浦氏)

京王プラザホテルともなれば、さすがに社長と社員が顔を合わせる朝礼のような恒例行事はない。

「お一人おひとりが情熱を持って努力を重ねながら働いている。同時に、品質向上のためには機械化も否定せずに進め、あらゆるデータを分析専門のスタッフの方が詳細に見て、その結果をみなさんが見られるように壁などに掲示されていました」(同氏)

コロナ禍の折、京王プラザホテルでも、とくに朝食時間などのコアタイムに、食事を終えた皿を配膳ロボットが自動で運ぶようなDX化を進めている。その一方で、顧客とスタッフとの間の会話やコミュニケーション、サービスについては、決して水準低下を招くことのないよう、社をあげて取り組んできた。

「ご宿泊客の自動チェックイン機能などのDX化を進めることで、おもてなしという本業により注力していこうと取り組んでいます」(同氏)

旭酒造の脇園氏も、京王プラザホテルのその「おもてなしの精神」に学んだと強調する。

「常にこまやかな気遣いをしながら仕事をする場面が多いので、神経をすり減らすような疲れを感じました」(脇園氏)

ホテルの接客経験が、酒造りの現場で生かされる

旭酒造から京王プラザホテルへ「交換留職」していた濱渦大夢氏(27歳)も、脇園氏と同じような体験を明かした。「接客経験は一切ありませんでした」と笑う。

旭酒造から派遣された濱渦大夢さん。接客経験ゼロでホテルに飛び込んだ(撮影=ミヤジシンゴ)

「獺祭はオートメーションで大量に造られているという先入観をお持ちの方が少なくないようですね。ホテルのレストランでお客様に接するとき、『獺祭を造っている旭酒造から派遣されて来ています』とご挨拶して、ご質問にお答えしていました。私たちはどうしてもこと細かにご説明しがちなので、専門用語などは避けて、わかりやすい会話を心がけているうちに、『そういうことを知ったうえで飲むのと知らずに飲むのとでは全然違うね』と喜んでくださることがありました。対話を通してお客様の認識を目の前で変えられたことが、すごくうれしかったです」(濱渦氏)

自ら試行錯誤する場面もあった。

「お飲み物のお代わりをどのようにお勧めしようかと気後れしたり、コースでは次のお料理をどのタイミングでご提供しようかと迷ったりと、緊張感がすごかったですね」(同氏)

価格に見合った商品とサービスがあると、身をもって知るところとなる。

「この出向がなければこんな高級ホテルで働くということは絶対なかったと思います。常に周りの人に気を配り、いろいろなことを気にかけながら仕事をする。それは、接客だけでなく、酒造りの現場で主任として部下を見るうえでも役に立つ経験になると思います」

撮影=ミヤジシンゴ
旭酒造の桜井社長と「交換留職」中の社員