「人手不足倒産」への危機感がある

今年の賃上げの背景には、人手不足の深刻化がある。わが国では少子化、高齢化、人口減少の同時進行によって働き手が減少傾向だ。一方、円安も追い風でインバウンド需要の増加、自動車の生産回復などで、企業は目先の事業継続に必要な人手を確保することが必要だ。

「賃上げできないと人手を確保することができない」。その危機感から、飲食、宿泊、交通などの分野で、労働組合要求額かそれ以上の賃上げを発表する企業は増えた。競合他社を上回る賃上げが難しいと、必要な従業員数の維持が困難になり、淘汰される恐れは上昇する(人手不足倒産)。

世界の市場で生き残るため、わが国の企業は優秀な人材を確保する必要がある。新卒一括採用・年功序列・終身雇用のわが国の雇用慣行だけに頼って人材を強化するのは困難だ。わが国の雇用環境にはメリットもある一方、社会全体の変化が激しい場合への対応が難しくなる。わが国の経済者にも、そうした状況が次第に明確になり始めている。

旧来の雇用慣行を改めるためにも優秀な人材に来てほしい。強いメッセージを賃上げに込める経営者も出た。14.2%と大幅な賃上げに踏み切った日本製鉄が『一流の処遇に相応しい一流の実力をつけて』ほしいとプレスリリースに記したのは象徴的だった。

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大幅な賃上げができない中小企業の事情

財務省の“四半期別法人企業統計調査(令和5年10~12月期)”によると、企業の内部留保にあたる利益剰余金は570兆7428億円に達した(全産業ベース)。自動車、機械など輸出割合の多い企業の場合、円安による収益かさ上げ効果も賃上げを後押しした。ただ、内部留保のうち、約半分は大企業が貯めこんだものだ。

内部留保が相対的に少なかった中小企業も、今回、賃上げに積極的に取り組んだ。連合によると組合員数が300人未満の企業の賃上げ率は定期昇給含みで4.42%だった。100~299人では4.53%、99人未満の賃上げ率は4.05%だった。人員数が小さくなるほど賃上げ率は低下していることがわかる。

中小企業はわが国の雇用者の7割を占めるが、蓄積の少ない中小企業の賃上げは容易ではない。従業員つなぎ止めのために賃上げはせざるを得ないが、来年以降は未定と考える経営者は多い。主な要因は、中小企業のコスト上昇分の価格転嫁の難しさがあるようだ。特に、大企業の下請け企業は厳しい。